こみ上げる悔し涙をこらえながらハンドルを握り、夜のソウルの街を車で走るムン・ジェインは、その日自分の身に起こった屈辱的な出来事が脳裏に蘇っていた。ほんの数時間前、ジェインは結婚を約束した恋人ギュファンの母であり、自分の義母となる女性に会うためにホテルにいた。慣れない場所へ花束を抱えて向かうジェインは、ギュファンと電話で話し、不安を取り除いてから、ギュファンの母の前へと向かう。ギュファンの母は多くの富裕層がそうであるように、高価なアクセサリーを
身に着け、高級なスーツを身にまといながら、ジェインを蔑むように見据えた。
「お嬢さん、名門大学を出たなら、長い説明は必要ないわね。私はね、大した家柄出身でもないのに、賢いだけの女は嫌いなのよ。」
ジェインを見下し、手切れ金の入った封筒をテーブルの上にスッと差し出したギュファンの母親は、息子も心の整理をつけたようだし、この辺で終わりにしましょうと、顔色ひとつ変えずに、それどころ微笑まで浮かべて話を続けた。彼女が自分を蔑む言葉ひとつひとつがジェインの心をズタズタに傷つけ、その言葉を思い出すたび、ジェインの瞳からこらえていた涙がついに溢れ出す。家柄の違いが何?たまたま生まれた家が貧しかっただけで、努力して名門大学を卒業し、誠実に生きてきたことには胸を張ることができるのに。
悔しさと惨めさがジェインを襲い、彼女は自分が運転中であることすら忘れていた。すぐ近くに、翼をなくした天使が、おぼつかない足取りで歩いていることにも気づかずに・・・。ブレーキを踏んだがすでに遅かった。確かに男性をはねてしまった。目の前で青年が倒れている。ジェインは息を呑み、車をすぐに降りると、自分がはねてしまった男性に近づいていく。意識がない。大丈夫ですか、と声をかけても、意識がない様子だ。ジェインはすぐに携帯電話で救急車を呼ぶ。ところが、ジェインが電話で事情を説明している間に、青年は意識を取り戻し、立ち上がる。ジェインは目の前で立ち上がった男性の黒いジャケットの背中の部分が大きく破れていることに気がつき、さらに大きな傷跡があるのをその目で見て動転する。重い足取りで歩き始めた男性を引きとめようとしたジェインの背後で、女性の叫び声が上がると、ジェインはその声の異常さに振り返る。突然の出来事にその場に立ち尽くしたジェインは、はねしまった青年を見失う。突然のことに動揺しながら、ジェインは再び車に乗り込むと、ハンドルを握り車を走らせる。ジェインは帰り道、近くに警察車両や救急車が集まっている様子から、何か事件があったことを知る。
事件現場には、ベテラン刑事のクァク班長と、新米刑事のイ・ボムが駆けつける。女性の遺体の様子と現場の状況から、ボムはどこから見ても自殺だと主張するが、クァク班長はこれまでの経験から事件性を感じ取り、周囲への聞き込みを始めるようボムへ指示を出す。現場を鋭い目線で見回したクァク班長は、折鶴が落ちていることに気がつく。
私のどこがいけなかったの?貧乏なのが罪?ジェインはあの日以降、恋人だったギュファンとその母親に対しての怒りと不満が心の中で膨れ上がり、ギュファンが家柄の良い女性と結婚するという噂を耳にすると、じっとしていられなくなり、ギュファンが結婚写真を撮影する場所へと向かう。ジェインの前に立つ男は、すでに他の女性の夫となる男だ。そんな男に怒りをぶつけても、もうどうにもならないところまで来てしまったことを知るジェインは、自分の心を踏みにじったギュファンに、彼の母親から一旦受け取った金の入った封筒を投げつける。
「一時でも私があなたを愛したこと、結婚まで夢に描いた男がしょせんこの程度だったことが、本当に情けないわ・・・お幸せに!結婚おめでとう・・・」
その頃、チェ・ソニョンの死亡事故について捜査中のクァク班長とイ・ボムが再び現場を訪れていた。クァク班長は、二度目に現場に訪れたときに何か感じることがあれば、それはただの事故や自殺ではないと部下に話す。
ソニョンの手首に真新しい傷があったことに着目したクァク班長は、彼女の恋人のアリバイを確かめるまでは、自殺とも他殺ともいえないと断言する。自殺として処理してしまいたいボムは、エレベーターの監視カメラには彼女一人で乗った姿しか映っていないと主張し、それに対してクァク班長は階段に監視カメラはないだろうと切り返す。
大空から舞い降りる青年シム・ゴヌクは、この景色が好きだった。大空から全てを見下ろし、舞い降りる瞬間は、まるでこの世の全てを手に入れたように感じられるからだ。タイミングよくパラシュートを開き、コヌクは目的のヨットに向かって迷わずに飛び乗る。
ガタン!激しい音と共にヨットが揺れ動き、中に乗っていた海神グループの長女テラと次女のモネが呆気に取られる中、シム・ゴヌクは重いヘルメットをはずし、周囲を注意深く見回す。いや、注意深く見回しているよう見られるように振舞うといった方が正しいだろう。突然ヨットの上に舞い降りてきた男性の端正な顔立ちに釘づけになったモネは、これまで生きてきた中で、これほどときめいたことがあっただろうかと自分の胸に問いかけていた。
突然青年に語りかけられたモネは、何を言われているか分からずに一度聞き返すが、相手は「そこで何してる?ここにきて手伝ってくれ」と
、何か勘違いしたように自分に語りかけている。
モネは青年に大きな興味が沸き、何の疑問も持たずにパラシュートの片づけを手伝い始める。青年は、撮影チームを探している様子だ。ああ、何かの撮影なのね。
「映画?ドラマ?名前は何?何をしているの?」と、モネは好奇心を抑えきれず次々と問いかけてみる。
コヌクの瞳をとらえたのは、モネの姉テラだった。
財閥家の長女らしい毅然とした態度、そして多くのものを持つ人々が兼ね備えている気品に満ちている。娘を連れているが、まだ未婚といっても誰も疑わないほどの美しさだ。コヌクはじっとテラを見つめ
る。テラはロープに足をとられバランスを失い転んでしまった妹モネを心配し、突然ヨットに舞い降りてきた影のある青年に警戒心を抱きながらモネに問いかける。
「怪我はなかったの?大丈夫?」テラは不法侵入者を見るような怪訝な目つきでコヌクを見すえて、他人の船に突然何です、と怒りを込めた声で問いかける。
「他人の船?」コヌクはテラに言い返してみるが、テラは気づくはずもない。無邪気に微笑むテラの娘に、優しく微笑みかけるコヌク。そう、
彼らは自分が何の目的でここに降り立ったのか知るはずもないだろう。少女はコヌクを見て「天使のおじさんだ・・・」
とつぶやいた。その優しい眼差しの奥に隠された憎悪など、その瞬間には誰一人気がつくことはなかった。
「おい!コヌク!そこで何してる!」
コヌクの撮影チーム監督が彼を迎えに小型ボートで近づく。簡単にコヌクに一目ぼれしたモネは、「明日も来るの」と次々とコヌクに質問を続けるが、慎重な姉テラに注意されると、熱いまなざしでコヌクの後姿を見送る。モネとは対照的に、テラは青年を無礼な男だと思いながらも、何かが気になり、その姿を見送っていた。
モネは警戒心が無さ過ぎる。誰に対しても、何に対しても、すぐに関心を持ってはすぐに飽きてしまう妹を、姉であるテラは常に案じていた。
ギュファンとのことで気持ちの整理をしたジェインは、勤め先であるオープン準備中の美術館に新たな気持ちで出勤する。
真新しい美術館の館長であるシン女史は、海神グループ総裁の妻である。彼女の生き方、というよりも、そのポジションにどこか羨望のようなものを感じていたジェインは、彼女の元で働きながら、心の片隅で機会を得るのを待っている。
傲慢なシン女史の態度も、今のジェインにとって、何の問題にもならない。そんなジェインの弱い部分に、同僚から“ホン・テソン”という一人の男性の名が飛び込んでくる。海神グループの隠し子である青年、独身、シン女史を神経質にさせる存在ホン・テソン。仕事で向かう予定の済州島で、以前からの知り合いのモネの誕生会に行く予定のジェインは、その場にホン・テソンも来るらしいとの話を聞き、関心のないように淡々と振舞いながらも、内心関心を抱かずにいられなかった。海神グループの嫁になってギュファンを見返す?同僚の言葉に現実味が帯びてきた。うん、悪くない。ジェインの心の奥にしまいこんでおいたはずの欲が顔を出し始める。ホン・テソン、海神グループの息子、ホン・テソンか。そうだ、彼の心を掴むには、妹モネにそれなりの贈り物をしよう。百貨店に向かったジェインは、自分も手を出したこともないほど高価な
万年筆を買った。もちろん、12回払いで。こんな背伸びをして何になるのかと、自分でもふと情けなくなる。
済州島のホテルに到着したジェインは、その場で映画撮影が行われていることには気がつかないまま、荷物を引きながらホテルの入り口へと向かっていた。撮影現場に足を踏み入れてしまったジェインを止めようと、一人の女性に突然つかまれたジェインは驚いて転んでしまう。
転んだ瞬間、ジェインはモネの贈り物に用意した万年筆が箱の中から転がり落ちたことには気づかなかった。立ち上がるまもなく一人の男に抱きかかえられたジェインは
、男にナイフを突きつけられて身動きが取れなくなってしまう。
映画撮影中、スタントマンとして演じていたコヌクが、エキストラの女性と勘違いしたのだ。目の前で起こっていることが何なのか理解できないジェインは、コヌクから離れた途端、警察に通報してしまう。
※2011.1.12以下加筆しました。※
警察に事情を伝えるジェインの耳に、スタッフを怒鳴る撮影監督の声が聞こえてくる。頭を下げるスタッフの様子を見ていた彼女の元には、少し前にぶつかった女性が謝罪にやってくる。ジェインはようやく自分が置かれた状況を察した。エキストラの女性から渡されたモネへの贈り物が入った箱を手にして、ジェインはあきれたようにその場を後にする。
一方、撮影が中断した現場では、撮影監督が武術監督のチャンを呼び出し、より派手なアクションを要求し、体格の良いコヌクにシャツを脱いで演じるように伝える。ところがコヌクは「嫌だね」と、服を脱ぐことを拒み、チャン監督は困り果てる。コヌクには無理強いできないと知るチャン監督は、部下のヒョンドンを呼びコヌクの代わりにシャツを脱げと指示を出す。ところがヒョンドンもまたシャツを脱ぐのを嫌がり、自分より体格の良いコヌクが脱げばいいと話しながら、コヌクの白いシャツをめくりあげる。この瞬間、現場の空気が凍りついた。コヌクの背中にある、大きな痛々しい傷跡のためだ。チャン監督はコヌクが撮影中の怪我で大きな傷を負ってしまったと思い込み、コヌクを気遣う言葉をかけると、コヌクは少し微笑み、「先に行くよ」とその場を後にする。何も無かったように上着を羽織ってホテルの庭を歩き出したコヌクは、何かを踏んだ感触に足元を注意深く見ると、草の上に真新しい万年筆が落ちていることに気がつく。かすかにチャン監督が撮影用のナイフを探す声が聞こえるが、コヌクは構わず万年筆を手にしたまま再び歩き出す。
そのとき、ホテルの前に、テラとその娘ソダム、そして妹のモネを乗せた車が到着する。車の窓からコヌクの姿を見かけたモネは、カン運転手に車を止めるようにせき立てると、車が止まると同時に慌しく降り、テラの娘とともにコヌクの後を追い始める。テラを乗せた車はそのままホテルの入り口へと向かい、ホテルのロビー前に到着する。そこでテラを見かけたジェインが声をかける。
「こんにちは、モネのお姉さんでいらっしゃいますよね?」ジェインの声に振り返ったテラは、表情を変えずに「どなたかしら?」とジェインを見据える。「ああ、やっぱりそうですね。モネの部屋にある写真でお見かけしたんです。シン女史が運営されているギャラリーで仕事をしているムン・ジェインです。」と、いつも以上に輝く笑顔を浮かべて挨拶するジェイン。「ああ、母の美術館の職員の方ですね」とのテラの言葉に慌てた彼女は「職員ではありません。フリーランサーとしてお手伝いさせてもらっています」と胸を張って答え、その言葉には、自分の能力への誇りを持って仕事に取り組む姿勢をテラに認めて欲しいという意思が明確に現れていた。妹のモネからジェインとの関係すら聞かされたことのないテラは、ジェインに対しても一歩引いた態度で接し続ける。ジェインがモネと約束したわけではなく、チェジュ島に出張で来たと知ったテラは、すっと背中を向けてホテルの中へと歩き出す。「写真より実際にお会いした方がずっと美しいです。シン女史もそうですし、モネも同じ、皆さん本当にお美しいですよね。」テラはジェインのうわべだけの言葉に飽き飽きしたように、振り向きもせずに歩き続け、「モネに連絡してみます。ではまた」とジェインを振り払うような口調で告げる。
コヌクを追ってホテルの中へとやってきたモネとテラの娘ソダム。モネがコヌクの姿を追い求めていると、ともにホテルに入った
ソダムの姿が見えなくなる。ソダムはモネより先にコヌクを見つけ、階段を上るコヌクの後をついて歩いていたのだ。妹モネから連絡を受けたテラは、血相を変えてホテルの中を探し回る。
少女が自分の後をついてくるのに気づいたコヌクは、その少女が海神グループ、ホン会長の孫娘であることも知っていた。「天使のおじさんだ!」と嬉しそうに後を追ってくる少女を意識しながら、コヌクは屋上へ向かっていく。
「どこまで着いてくるの?おじょうちゃん」屋上の端まで歩いて止まり、振り返ると、笑顔を浮かべながらソダムに優しく語り掛けるコヌク。「天使のおじさん!翼は乾いたの?」無邪気に問いかける
ソダムに、「翼?」と不思議そうな表情を浮かべるコヌク。「さっき水に濡れちゃったでしょう?もう全部乾いたの?」そうか、この少女はヨットに飛び乗った自分を本当に天使だと思い込んでいるのか。思わず口元が緩むコヌクは「さぁ・・・良く分からないな」と
ソダムを見つめる。「でもどうしておじさんの翼は背中じゃなくて頭についているの?」そう次々に語りかけてくる好奇心溢れる少女
ソダムに目線を合わせるコヌク。「普段背中に隠していて、必要なとき頭の上につけるんだ。最近の天使は翼の位置を自由に変えられるのさ」巧みな話術に、「ふ〜ん。それならおじさん、本物の天使ね!」と、少女の瞳はますます輝きだす。コヌクの手を取り、「飛んでみて」と無理を言う
ソダムに、コヌクはたじろぎもせず屋上の柵を乗り越えると、「それなら一度やってみようか?翼が乾いたかな?」と手を広げて見せる。そう、まるで背中に翼があるように。
「ソダム!」屋上にモネの声が響き渡る。モネを見つけたソダムは、私が天使のおじさんを見つけたとはしゃぎ、「飛んでみて」と、躊躇せずにコヌクの背中を押してしまう。コヌクが転落したと思い、モネが悲鳴を上げるが、アクションスタントで鍛えているコヌクは、咄嗟に屋上の淵につかまり、モネの助けを受け這い上がってくる。あまりの恐怖心に力が抜け、起き上がることすらできないモネの前で、コヌクはすっと立ち上がると、「なぜ飛べなかったの?」という
ソダムの言葉に「まだ翼が乾いてなかったみたいだ」と穏やかに答える。コヌクがモネを起こしてやろうと手を伸ばした瞬間、テラが運転手を伴い屋上にやってくると、突然コヌクの頬を平手で打ち、
ソダムの元へ駆け寄る。コヌクの頬からはうっすらと血がにじみ出ていた。コヌクがソダムを連れ歩いたと思い込んだテラは、コヌクをじっと睨みつける。
「カン運転手、警察を呼んで。(コヌクに)子供をなぜこんな場所へ連れてきたの?何するつもりだったの?この子をさらって脅迫でもしようとしたの?」まくしたてるテラを、うっすら微笑みを浮かべながら見つめ続けるコヌク。「なにを見ているの?子供一人じゃ足りず、モネまで連れてきてどうしようっていうの?」
「お姉ちゃん!そうじゃないのよ」姉の剣幕に何も言えずにいたモネがようやく口を開く。妹の言葉にも耳を貸さず、「あなたの悲鳴を聞いたわ。でなければ、子供を屋上までつれてくる理由は何?子供が迷子になったら通報からすべきでしょう?誰がこんな場所に連れて来いといったの?」と続けるテラ。「違うってば!
ソダムが自分でついて来ただけなのよ。」「モネ、静かにしなさい。ソダムがなぜ彼について屋上まで?」モネを黙らせたテラは、コヌクへ怒りをぶつける。「私の誤解じゃないでしょう?言ってごらんなさい。さっき船の上でも見かけたけれど、こんな場所でそちらにまた会うなんて、何か・・・」
テラの剣幕に全く動じるようすもなく、コヌクはテラに向かって一歩一歩近づいていくと、突然テラの胸元に目線を移し、彼女の胸元へと手を伸ばすと、服についた髪の毛を取り払う。コヌクの持つ独特な魅力に圧倒され、身動きすら取れなかったテラは、再びコヌクの頬を打つことで感情を爆発させる。興奮した姉テラがコヌクをこれ以上傷つけることを望まないモネは、姉の手を引き力ずくでコヌクのそばから引き離す。カン運転手に「その人は何も悪くないから通報しないでください」と言うモネに、怒りの収まらないテラが金切り声を上げると、モネは必死でコヌクを庇う。「あの人は
ソダムのせいで死ぬところだったのよ!お姉ちゃん、子供のために死ぬ誘拐犯なんて見た事あるの?おじさん!ごめんなさい」モネはコヌクに一言謝罪すると、納得できないテラを連れてその場を後にする。黙ったまま母と叔母モネのやりとりをじっと聞いていたモネが、コヌクには自分が着いていったのだと正直に話すと、テラの怒りは収まり、呆れるモネに対して謝罪もせずに軽率に振舞わないようにと釘を刺す。
モネの部屋へ入り、少し浮ついた気分のままのジェインは、ともにソウルで暮らす高校生の妹ウォニンに電話をしていた。「もし私が財閥家と結婚したらどうする?」という姉の突拍子もない問いかけを相手にもしないウォニンは、恋人に振られたせいでどうかしたんだ、とつぶやき、叶わぬ夢は見ないようにと話す。財閥家の娘の誕生日パーティに呼ばれたこと、そしてその場に姿を見せる予定のホン・テソンというホン家の息子に接近してみようかというジェインの言葉に、ウォニンは驚いて食べていたものを喉につまらせそうになってしまう。「お姉ちゃん、どうかしてるよ」という妹の言葉に耳を貸さず、ジェインは夢見心地で部屋の中を歩き回り、広いバスタブに触れ、いつかはこんな暮らしができるかもしれないと思い描きはじめる。
ジェインが夢から一瞬覚めたのは、モネが部屋に入ってきた瞬間だった。慌ててバスタブから飛び出し、ジェインはモネに贈り物を渡そうと、準備していた万年筆の箱を取り出す。モネが嬉しそうに箱を開けた途端、箱の中からナイフが床の上に滑り落ちる。真っ青になってナイフを拾い上げたジェインは、「なぜこんなものが中にあるのかしら」と戸惑い、ホテルに入る前の出来事を思い出す。ああ、あの女性とぶつかった時に落としたのかもしれない。「モネ、ごめんね。これは違うのよ・・・」ジェインは慌てて取り繕うが、モネはナイフがフェイクであることに気がついて、まるで子供が新しい玩具を得たような表情になったため、ジェインはほっと胸をなでおろす。なぜナイフが入っていたのか、万年筆をどうするのかを、考える余裕すらないジェインは、唐突にモネに質問し始める。
「パーティには、何を着ていくの?お誕生日だもの、ご家族皆さんいらっしゃるのでしょう?」モネはフェイク・ナイフを見つめたまま、「いいえ、一番上のお兄さんと、義理のお兄さんは来ないの」と淡々と答える。
ホン・テソン、ホン・テソン。ホン家の次男のことで頭がいっぱいのジェインは、我慢できずにモネに「二番目のお兄さんは?」と問いかける。隠しておいたはずのテソンについて思いがけない相手に聞かれ、驚いたモネが目を丸くしてジェインを見ながら「ジェインさん。うちの二番目のお兄さんのこと、どうして知っているの?」と逆に問いかける。「だってあなたが“一番上のお兄さん”って言うから、二番目のお兄さんもいるのかなって・・・」ジェインはモネに見透かされないよう、慌てて取り繕う。「二番目のお兄さんもいるでしょう?」と、確認することも忘れない。「うん、テソンお兄ちゃん。でも、ママとお姉ちゃんには知らない振りをしてね。」意外なモネの返答に戸惑った。当然理由を問いかけたが、モネは事情があるの、とはぐらかし、留学をして面倒ばかり起こすから、恥ずかしいのかもしれないと、テソンについてそれ以上話すつもりはないといった口ぶりで付け加えるが、ジェインは構わずテソンのことを根掘り葉掘り問いかけ続ける。ジェインを止めたのは、モネの姉テラの訪問だった。姉テラに自分の誕生日パーティにジェインも同席していいかと確認するモネ。「家族の集まりでしょう、モネ。(ジェインに)ごめんなさいね、ジェインさん。その代わり今夜二人で食事でもしたらどう?」期待に胸を膨らますジェインの前で、テラはきっぱりと同席を断る。期待が外れ、ガッカリしたことを表情に出さないよう、笑顔を作るジェインだった。
屋上で風に吹かれながら、うたた寝をしていたコヌクは、幼い頃の夢を見ていた。つかの間の幸せだった記憶を・・・何もかも手に入れた途端、突き落とされたあの幼い日の記憶を。あまりの苦しさに胸を締め付けられて目を覚ますと、そこへ今度の映画の主演女優が現れる。絶対的な魅力を持つコヌクに近づこうとする女性たちを、コヌクは常に軽視していた。今度もまた、面倒がひとつ増えたという表情で、翌日スカイダイビングでの共演を予定している女優ヘジュに接するコヌクは、彼女のスタイリストが現れたことで厄介払いできた気分だった。コヌクにとって大切な女性は、ただ一人だから・・・。
その夜、モネは親の決めた婚約者と共に、ホテルのバーカウンターで過ごしていた。姉テラも両親が決めた相手と結婚して、モネは自分も当然その道を歩まなければならないと知っていたし、特に拒否する理由も、この日までは、見当たらなかった。目の前にいる婚約者は、ヨットをプレゼントしてくれたし、自分を気に入ったと言ってくれる。何が自分の心を揺らしているのか、モネは気づいていた。モネの心に変化をもたらした大きな理由が、姿を見せた。シム・ゴヌクだった。どこから見ても完璧で、ミステリアスな雰囲気のコヌクに惹かれる気持ちを、モネは止めることができなくなっていた。
コヌクがトイレに向かったのを見たモネは、感情の赴くまま彼の後を追い、コヌクのいる男性用のトイレに入っていく。モネが追ってきたことに気づいていたコヌクだったが、あえて驚いた表情をしてみせ「ここは男性用のトイレだよ」とモネに注意する。コヌクの言葉に構わず自分の言いたいことをただ伝えようとするモネ。「さっきはごめんなさい。お姉ちゃんが、驚いたからだと思うのよ。お姉ちゃん、普段はあんなことはないんです」と。
「気にするな、大丈夫だから」と微笑むコヌクの頬に傷があることに気がつくモネ。「あ!その顔、さっきお姉ちゃんのせいで怪我したの?」目の前に立ち心配そうな表情で顔を覗き込むモネに、コヌクは「違うよ、大丈夫だから」と、そのままトイレを出ようとするが、モネがコヌクの道を塞ぐ。「そちらが悪く思うようなことじゃないはずだけど・・・」モネの肩にそっと触れた後、ふたたびコヌクがトイレを出ようとすると、モネの婚約者の声が聞こえてくる。慌てたモネがコヌクの手を引き二人は個室に身を隠す。互いの息が当たるほどの近い距離で向き合った二人。コヌクは自分の手を離そうとしないモネに、「怖いもの知らずだな・・・ここがどこだと思う?」と耳元でささやく。心臓が飛び出しそうなほどに胸が高鳴るモネは「それは、私があなたに申し訳ないからよ」とつぶやく。モネの婚約者がトイレを出て行ったことを確認すると、コヌクは先に個室を出て「誰もいない、出て来い」とモネに声をかける。コヌクとの距離を近づけたいモネは、コヌクに名前を問いかけると、「ありがとう、コヌク兄さん」と笑顔を浮かべ、今度は自分の名前を名乗る。ホン・モネ。とうに知っている名前を改めて本人から聞かされ、復讐のための一歩を踏み出したことを噛み締めるよう、「ホン・モネ・・・」と、声に出してみるコヌク。
翌日、ターゲットに接近するどころか、モネの誕生パーティーすら出席することができなくなってしまったジェインは、せめて万年筆だけでも取り戻そうと、スカイダイビングの準備をする撮影チームを訪ねていく。スタッフの問いかけに、一人の女性が、コヌクが拾った万年筆を捜しに来たと気がついたコヌクだったが、すでにスカイダイビングの準備に入っていたことと、返す気持ちも起きなかったため、その場を後にする。
飛行準備のために軽飛行機のある場所へ向かったコヌクは、人影を見て咄嗟にその人物を捕らえる。スカイダイビングで共演するはずの女優チェ・ヘジュのスタイリストだった。手にはハサミを持っている。明らかに何か策略を持ってこの場に来たはずの女性の手を強く握り締めるコヌクは、「良く見てみろ」と軽飛行機にのせるはずのロープを手にする。「これでなく、このロープを切れば死ぬだろう」と話すコヌクに、ただ「離してください」と弱弱しく答える女性。「何をしようとしていた?」食い下がるコヌクに、女性は「離してください!お願い!」と突然騒ぎ立て、手にしていたハサミがコヌクの手を傷つけてしまう。コヌクの手から血があふれ出す様子にもひるまず、女性はコヌクに怒りをぶちまけ始める。「チェ・へジュがどれだけひどい女か分かるの?チェ・ヘジュがどれだけ人を馬鹿にして見下しているか、あなたに分かるとでも言うの?私を怒鳴って私をぶって、脅迫するのよ!もううんざりよ。チェ・ヘジュを殺してやる!死んでしまえばいいのに!死んでしまえばいいの!」興奮する女性を見据え「しっかりしろ!」と叫ぶコヌク。だからといってお前の人生が変わるのか?・・・チェ・ヘジュが死んだらお前の人生が変わるのか?チェ・ヘジュが死ねば、また他のチェ・ヘジュがお前を踏みにじるのに、そのたび殺すのか?そのたびにこうして殺そうと?殺すのは簡単だ・・・人殺しなんて簡単だ。教えようか?人を殺すよりもっと難しいことが何だと思う?お前がチェ・へジュを踏み台にしてのし上がることだ。・・・そしてもう二度と、誰もお前を踏みにじることができないようにしろ。これから、こんな馬鹿なことは絶対するなよ。」
コヌクの言葉に女性が落ち着きを取り戻すと、いよいよスカイダイビングの撮影が始まる。このスカイダイビングの撮影さえも、モネを利用するために周到に準備をしていたコヌクは、婚約者とともにヨットで過ごすモネに聞かせるよう、無線をヨットに残していた。モネの婚約者の隠れた恋人であるチェ・ヘジュとの空での会話を、地上のモネに聞かせようと企てていたコヌクの作戦は、見事に成功する。モネの婚約者、オム・セジンの名前がコヌクとヘジュとの会話から聞えてきたことで、モネは目の前で微笑む婚約者オム・セジンには他に恋人がいたことを知り、突然目の前の男に嫌悪感が湧き、吐き気に襲われる。一方、大空で順調にパラシュートを開いたコヌクだったが、女優のチェ・ヘジュはパラシュートが開けずにパニック状態になってしまう。咄嗟に自分のパラシュートのロープをカットしたコヌクは、ヘジュのパラシュートを開くのを助けると、海に向かって猛スピードで墜落しはじめる。撮影チームが凍りつくなか、コヌクは補助パラシュートを開き、無事海に着水する。
激しい衝撃に意識を失ったコヌクは、仲間によってボートに引き上げられる。朦朧としたコヌクの脳裏に、懐かしい母の声が響いていた。「テソン!早くおいで!ご飯よ!」優しく、温かい母の声だ。耳の不自由な父にも、自分の聞いている全ての音を聞かせてあげたくて、補聴器を買おうと無理を言う息子に、父は温かい微笑みを浮かべ手話で「父ちゃんは大丈夫だ。補聴器がなくても、テソンの話は全部聞えるよ。大丈夫だ」と語り掛ける。「ううん、お父さん。補聴器があれば全部聞えるよ。真っ暗になっても僕が何を言っているのか全部分かるんだよ。お母さん、僕が絶対補聴器を買ってあげるね」テソンもまた、手話を交えて父に答えた、あの日。そんな幸せな日々に、突然暗雲が立ち込めた。本当の父さんが僕を探していた?ソウルに住むお金持ち?こらからはチェ・テソンではなく、ホン・テソン?「いやだ、父ちゃんが本当の父ちゃんだ!」泣き叫ぶ僕が、父に連れられていった場所。冷たく、温かみのないあの家だ。飼い犬を連れた僕は、無理やり大好きな両親と引き離された。言葉を失った僕は、手話で話した。知らないおじさんとおばさんが、これからは僕のお父さんとお母さん?言うことを聞いたら補聴器を買ってくれるなら、そう、呼んでみよう。パパ・・・と。
着慣れない服に身を包み、「パパ」と「ママ」の言うことを聞いていれば、耳の不自由な僕の父さんが補聴器を買ってもらえるんだ。そう思って生きるしかないと、幼いテソンは心に決めていた。それなのに、なぜ?雨の降るあの夜、僕はなぜ追い出されたの・・・?
幼い頃のつらく悲しい記憶が、コヌクの心に暗い影を落としていた。
〜2話へ続く〜