罪悪感と焦燥感に苦しむテファは、チョンソと暮らす部屋の屋上で呆然と座り込み、考え込んでいた。そこへ痛む足を引きずりながらチョンソが戻ってくると、屋上にいるテファに声をかける。
−おい、ハン・チョルス!
ゆっくりと顔を上げたテファの目に、自分を笑わせようとおどけたダンスして見せるチョンソの姿が飛び込んでくる。
−早く笑ってよ!恥ずかしくって死にそうなの!
突然う踊るのをやめて足を痛がりうずくまるチョンソを心配したテファが驚いて彼女に呼びかけると、チョンソは笑顔を浮かべて頭の上に両手でハートを作って見せる。テファの笑顔を見て安心したチョンソが部屋に戻ると、テファはチョンソが痛めた足を氷で冷やしてあげながら、チョンソの話に耳を傾ける。
−オッパ...あの人、昔好きだった女性を忘れられないみたいよ。だから私とその女性が似ていてそうしたみたい。
−どうしてお前に分かるんだ?
−ずっと付いてきてハン・ジョンソだなんだってその人のことしきりに話すのよ。
−それで?
−何が“それで?”よ...私はハン・ジョンソじゃなくてキム・ジスだ、人違いだって、そう言ってやったわよ。
−お前どうかしてるな?子供なのか?初めて会う人に言わなくていいことまで言ってどうする?
−言ってあげなきゃついてくるでしょう?オッパ本当にどうしたの?
苛立って立ち上がるテファ。
−お前、全部確認してどうする?俺の話が嘘かどうかひとつひとつ聞いてみてどうするって?
−誰がオッパの話が嘘だって言った?ええ、私はオッパの話を信じるわ。だけど信じるのと記憶を取り戻すのは別の問題でしょう?オッパ。私両親の顔も思い出せないのよ。どんなに恋しくても恋しがることもできないの。こんなことどんなに詳しく説明しても分からないでしょう?それがどんな気分か分かる?オッパが私を理解してくれないの?
チョンソは黙って背を向けたテファに氷を投げつけ、それを受け止めたテファがチョンソに向かって投げ返し、二人の顔に笑みが戻る。その夜、チョンソはソンジュの言葉がしきりに浮かび、不思議と胸が痛みだすのを感じていた。
その頃、チョンソにそっくりな女性を見かけてしまったソンジュは
、海辺の家へ向かっていた。真っ暗な家の中、悲しみから抜け出せず一人チョンソが大切にしていた人形に語りかけるソンジュ。
−チョンソ...どうなってるんだ...本当に死んでしまったのか?違うと信じたいのに...しきりにお前に会ってしまう俺がおかしいんだろう...チョンソ...
ソンジュが2階のチョンソの部屋を出て、階段を降りると、そこにはユリからの置手紙があった。手紙を読んだソンジュが慌てて外へ出ると、夜の海へ向かうユリの姿
があった。
冷たい海の中に入り、ユリを追うソンジュ。ユリとの約束を守れずにいたソンジュに怒りを感じ絶望したユリは、ソンジュに心の内をぶつける。気を失ってしまったユリを
救い、家に連れて帰るソンジュは、ミラに激しくののしられるが、黙ってハン家を後にする。
キム・ジスと名乗る女性のことが忘れられなソンジュは
、ユリを送り届けた帰り路、チャン理事に連絡を取り、チスについて調べるようにと頼み込む。翌日、ソンジュはチョンソの店を訪ねて行く。
ソンジュの姿を描いたスケッチブックを見つめるチョンソに背後から男性客の声が聞こえてくる。
−これ、いくらですか?
セーター越しに答えるチョンソ。
−ああ、これは35,000ウォンですが、30,000ウォンでいいですよ。男性の方々に良くお買い求めいただくデザインなんですよ。一度試してみてください。
セーターを顔の前から降ろすと、そこにはソンジュの姿があり、チョンソは驚いた表情を浮かべる。チョンソの服についた埃に気が付き思わず手を伸ばすソンジュ。
−何してるんですか!
埃をふっと吹いて飛ばすソンジュ。
−サービス悪いなぁ。客にこんな風に接客していいの?
−何かお探しのものでもおありですか?
店内をぐるっと見渡し、チョンソを指差すソンジュ。
−一緒に行きたい所があるんですが、少し時間を作ってくれる?
−私今...忙しいんです。
−ここにあるもの全部でいくら?1,000万ウォン?2,000万ウォン?僕がこれを全部買えば、忙しくないでしょう?
−お客様、私もこのとおり忍耐力が強くないんですよ。お帰り下さい。営業の支障になるんですよね...
ソンジュは背を向けたチョンソに近づき、チョンソの描いたデザイン画に目をやると、そこに自分に似た男性の絵が描かれていることに気がつく。
−君、意外と僕に関心を持っているんじゃないの?ちょっと時間を作ってください。僕は今真剣にお願いしているんです。
−私が昔の恋人と似てると仰いましたね?かわいそうね...。あなたは愛がどんなものかもわからない人ですね。それを知る人は、こんなふうにわけもなく執着することはないでしょうから。(プイッと顔をそむけながら)もうお帰り下さい。ここにあるものを汚されたら売れなくなりますから。
−それならまた今度会いましょう。
−次に会う事もないでしょう!二度と私の前に現れないでくださいね。
−断言はできないな。偶然に会う事もあるんだから...
店を出て行ったソンジュが気になり、後姿を目で追うチョンソは、手を振って笑顔で振り返るソンジュを思わず見つめてしまう。仕事を終え、重い荷物を手に地下鉄に向かうチョンソの前に、“偶然”を装ったソンジュがまた姿を見せる。
−ああ、重そうだね...
−何してるんですか?
−こういうのを偶然って言うんでしょう?
嬉しそうにチョンソの隣に並んであるくソンジュに、チョンソはあきれたように“そんなに暇なんですか?”と話し、ちょうどよかったと二つの荷物をソンジュの前に置き歩き出す。チョンソの荷物を手に彼女と一緒に地下鉄に乗り込んだソンジュは、自分を避けるチョンソの隣に何が何でも座り、積極的に近づくが、チョンソは腹を立ててソンジュを睨みつける。
−警告しておくけれど、私に触らないでくださいよ。爆発寸前なんですから。
−何?また痴漢とでも騒ぐつもり?
−出来ないと思う?
−僕が二度も同じ手にやられるとでも?
チョンソの顔をじっと見つめるソンジュは、チョンソの胸元にあるネックレスに気が付き、ふと手を伸ばす。
−どこ触ってるんですか!!
大きな声でチョンソが騒ぐと、乗客がじっと二人を見つめる。ソンジュは機転を利かせて咄嗟にチョンソの肩を抱き、夫婦喧嘩です、すみませんと笑顔で謝罪する。唖然とするチョンソに語りかける
。
−何だよ〜。もう怒るなよ〜。
チョンソを抱き寄せ、小声で続けるソンジュ。
−僕は一度思い込んだらあきらめられない性格なんですよ。覚えておいてくださいよ、これからも避けたらますます面倒なことになりますから。
チョンソはふと目に入ったソンジュの胸ポケットの切符に手を伸ばし、切符を抜き取ってしまう。
−どこに触ってるんです!
地下鉄を降りると、ソンジュは切符がないために駅員に引き止められてしまい、カードで決済しようとして事務室へと連れていかれてしまう。
翌日、出社したソンジュは、気力を取り戻して出勤していたユリにセーフモールへ出店予定の市場の店の調査結果を提示させる。その中に“イカロス”という文字を見つけたソンジュは、キム・ジスという名を確認し笑みを浮かべる。何も知らずにユリは“イカロス”に電話で連絡を取り、電話を受けたチェヒはあっさりと出店依頼を断ってしまう。
その頃、ソンジュはチャン理事からキム・ジスについての情報を得ていた。
−イカロスは2年前からソン・ジェヒとともに共同経営していらっしゃるようです。二人ともデザイナーとしてあのあたりでは有名だということです。
−家族は?
−ハン・チョルスと一緒に南大門で暮らしています。
−どんな関係ですか?
−事実上同棲中です。
暗い表情でチャン理事を見るソンジュ。
−一緒に暮らしているという事ですか?
−はい、そうです。
−分かりました。戻ってください。
−ああ、同居中のハン・チョルスという人物は、今壁画の制作を任されている人物です。ご存じですか?
チョルスの資料を手にしたソンジュは、チョルスがに描いたのがチョンソの海辺の家と、ある一人の女性だったことから、ますます猜疑心を抱き、壁画を描こうとしているチョルスに直接接触する。
−やはり私の考えは間違いではなかったようですね。
ソンジュの声に驚き、振り返るテファに、ソンジュは名刺を差し出す。
−チャ・ソンジュです。この壁画制作を指示した者です。
震えた手をそっと下におろす様子をしっかりと見るソンジュの前で、必死で平静を装うテファ。
−どんな御用ですか?
−どんな絵になるのか気になりましてね。
−監視されるおつもりですか?
−関心だと考えてください。個人的にこの作品に大いに関心があります。ハン・チョルスさんに対してもです。私がこの絵を描くのは、一人の女性のためです。この世からはいなくなってしまいましたが、今も私の心の中に生きている女性です。それがある日突然その女性が私の前に現れました。...この心情、分かりますか?...私は、その人をあきらめることはできません。
チョルスに警告し、握手を求めるソンジュ。
−関心を持って見守っています。
テファがソンジュの手を握り返す様子を、ユリが見かけてしまい、慌てて母ミラに連絡を取る。ミラに話して心を落ち着かせたユリは、ソンジュがテファの前から去ったのを確認し、座り込むテファに近づいていく。
−お兄ちゃん。テファお兄ちゃん!久しぶりね。がっかりだわ、私は嬉しいのに、お兄ちゃんは違うのね?ちょっと話そう。
黙ったまま浮かない表情でユリと外に出たテファに、ユリは無邪気な様子を装ったまま語りかける。
−どう過ごしていたの?話して...。チョンソは元気?チョンソも笑えるわよね。家族を捨てて逃げ出すほど、お兄ちゃんが好きだったの?お兄ちゃん、チョンソに何かしたんじゃないわよね?
−チョンソを悪く言うな。彼女は何も知らないんだ。
−何?
−お前がそうしたんだろう?あの事故以降、何ひとつ覚えていないんだ...
−...私も自慢できないけれど、お兄ちゃんもひどいわね...チョンソを隠して今まで生きて来たの?お兄ちゃんの存在に気づいたら彼女倒れるんじゃないの?
ユリの顔をぐっと掴むテファ。
−チョンソにかまうな...俺が許さない...
テファの手を顔から離し、余裕の笑みを浮かべるユリ。
−ここがどこか知ってるの?グローバルグループよ。さっきお兄ちゃんと話していた人、チャ・ソンジュ、覚えていない?チョンソが死んだら生きていけないあのオッパ...アメリカに留学に行ったミン会長の一人息子...。それを知りながら、どうしてここで絵を描こうなんて考えるの?
−帰れ。話すことはない。
−私ソンジュオッパと婚約するわ。チョンソ一瞬で私の計画をだめにするのを、見過ごせないわ。すぐにチョンソを連れて出て行って。
−出て行くかどうかは俺が決めることだ。お前を避けて逃げるんじゃない。
−いいえ、お兄ちゃんは出ていくわ。お兄ちゃんが何をしたのか、忘れないで...。私はチョンソをひいたけれど、殺してはいない。この世からチョンソを消したのは、お兄ちゃんよ!
次第に罪悪感にさいなまれるテファだったが、愛しているからこそ、チョンソを手放すことができない。
何も知らずにテファの帰りを待つチョンソの残したメッセージに涙があふれるテファ。テファの帰りが遅いのを心配して外に出たチョンソはお酒を飲んで家の前に座り込んでいるテファに気付く。
−オッパ!何してるの!
−チス!
−ああ、お酒くさい...!本当にひどいわね。私夕食も食べずに待っていたのに何よ。一人で気分よくなっちゃって。
−すまない...
−当然よ〜
チョンソの顔をじっと見つめるテファ。
−俺はひどい奴だよ。チス、知らないだろう?ばかだな...俺はひどい奴なんだぞ、悪党だ...
−オッパ...
−チス...幸せか?お前...お前...今も幸せか?幸せだ〜、幸せだ〜!俺たちは最高に幸せだ!
家の前で仲むつまじく抱きしめあう二人の姿を、ソンジュは遠くから寂しそうに見つめていた。
市場のチスの店「イカロス」を簡単にあきらめたことでユリを叱咤するソンジュに、ユリはもう一度連絡を取ってみると素直に応じる。ソンジュはイカロスの
契約先に手をまわし、イカロスとの契約を破棄させ、自社内のショッピングモールに入店させるよう仕向けていたのだ。
突然居場所のなくなったチェヒと肩を落とすチョンソの姿を、ソンジュはそっと見守っていた。
その夜、チョンソはテファの仕事場に足を運ぶ。
−わ〜、これ本当にオッパが描くのね。すごく素敵ね!
−...お前、ここに何しに来たんだ?
−どうして?私がここに来ちゃいけない?
−帰ろう。俺も帰ろうとしたところだ...
−どうして帰るの?私が手伝うから!オッパ、私何しようか?わ〜、これ面白そうだわ。私ここでオッパの助手をしようかな...
−お前、どうした?
−お店、追い出されちゃうの。お店の主人が、明日までに明け渡すようにって。
−何だって?
−もう、大丈夫よ。私も久しぶりに休んで遅くまで寝て、勉強し直したり、ちょうどいいから。
暗い表情を浮かべるテファに、明るく語りかけるチョンソ。
−もうオッパに他の道はないわよ。食べて生きて行かなきゃいけないもの。これから私たちの暮らしはオッパの手にかかってるの。これを素敵な絵に仕上げて、自分のギャラリーも開くの。ね?分かった?
テファの仕事場に登ろうとするチョンソ。
−お前それなら...明日からここには来るなよ。ん?気を遣うから...
チョンソはテファに“分かったわ”と返事をしてからテファの居る場所まで上がっていき、二人はソンジュの視線に気づかずに仲良く作業を続ける。
翌日、突然居場所をなくしたチョンソとチェヒは、路上に車を止めると、その場で残った洋服の閉店セールを始める。そんなチョンソの前にソンジュが近づいていく。ソンジュに気付いたチョンソは、“閉店セールだって...?僕が全部買いますよ”というソンジュの言葉にふっとシニカルな笑みを浮かべる。
−お宅のような人には売らないって言ったはずですけど?
−ああ、そうですか...
姿を消したソンジュが、そっと女性客らに宣伝すると、突然大勢の客がチョンソの前に詰め掛けていく。微笑むソンジュに気付いたチョンソは怒った表情でソンジュに詰め寄るが、ソンジュは全く介さずに涼しい顔をして笑顔でその場を後にする。
ソンジュはユリの市場調査の結果、"イカロス"がセーフモールにふさわしいとの報告を受け、すぐにチェヒに連絡を取り、契約を結ぶことに成功する。チェヒから連絡を受けたチョンソは、期待に胸を膨らませながらセーフモールに向かうと、ブランド開発担当者のユリのいる事務所へ挨拶に行く。
−ハン・ユリチーム長?
−はい!
振り向いた先にいる女性がチョンソだったことで息を飲むユリは思わず手にしていた書類を落としてしまう。
−イカロスから来ました...
−ソン・ジェヒさんとの共同経営者が、あなたなんですか?
−はい、キム・ジスと申します。
言葉を失ったままのユリと、不思議そうな表情でユリを真っ直ぐに見つめるチョンソの前に、チャン理事が現れる。
−社長がお待ちになられています。こちらへどうぞ...
慌ててチャン理事を呼び止めるユリ。
−チャン理事もご存じだったんですね?お二人とも完全に私をだましたんですね?
−社長がお待ちですので
ユリの質問には答えず、チャン理事はチョンソを連れてソンジュの待つ社長室へと向かうと、チョンソは一人で社長室へ挨拶に行く。背を向けたままの男性に声をかけるチョンソ。
−イカロスのキム・ジスです...。
無視されたままの状態を不審に思い、チョンソは咳払いをしてみるが、全く反応がないために背を向けて部屋を出ようとする。
−マイナス10点!根気が足りないようですね...
聞き覚えのある声に振り返るチョンソは、振り向いた男性の顔を見て愕然とする。