−マイナス10点!根気が足りないようだね...
振り返った男性がソンジュだったことで驚くチョンソ。
−嬉しそうな表情ではないようだね...
−どうしてここに?ここで何をしてるんです?
−ああ、ブランド開発総責任者のチャ・ソンジュです。
机の上の“社長 チャ・ソンジュ”と書かれたプレートに目をやり、ため息をつくチョンソ。
−初めから全て計画的だったんですね。
−はい...
−この度の契約は、なかったことにしてください。
−10倍の違約金を払えるのかな?
−払わなければならないのなら、払います。
チョンソに近づくソンジュ。
−いつです?それなら(チョンソの手を取り握手しながら)その時まででもやってみましょう。
手を離そうとするチョンソを無理に掴み続けるソンジュ。
−こんなことまでしてどうするつもりです?
−こうしなければ始まりもしないじゃないですか。
−お金では私をつかまえることはできないわ。
チョンソの手を離そうとしないソンジュ。
−お金でだめなら、命をささげようか?
−私は...あなたの探している女性ではありません。
−目の輝き、その声、(両手でチョンソの手を包み込み)この感触まで同じなのに...
−私あなたを知りません。
−おかしいね...決定的な一言もチョンソの個性なのにな...
すっと手を離したソンジュは、出て行ってくれとチョンソに背を向け、これからが始まりだということを肝に銘じて下さいと念を押す。ユリは自分の元に配属されたチョンソにそっくりのチスを前に動揺しながらも、ソンジュを問い詰めに社長室へと乗り込んでいく。
−イカロスのキム・ジスさんに会ったんですって?驚いたでしょう?私が見てもあの人とチョンソお姉さんはそっくりだもの。
黙って笑みを浮かべるソンジュの表情に愕然とするユリ。
−まさか...婚約発表の日にオッパが見たその女性って...キム・ジスだったの?
ユリを見つめることなく、書類に目を通したまま“うん”と返事をするソンジュ。
−それなら南大門ブランドを選考する時から知っていたんですか?それで私を利用してオッパのそばに呼んだってことですか?...どうしてこんなことできるんです?オッパの意図はなに?あの女を本当のチョンソお姉さんだと思うつもり?
−チョンソだと考えてみたことは?
−忘れたの?チョンソお姉さんは死んだの...
−生きていたら...?探さなきゃ。
不安に駆られたユリはミラに泣きつく。
−ソンジュオッパ...チョンソの死を疑い始めてるみたい...これでチョンソお姉さんの記憶が戻ったら、その時はどうしよう、ママ?
−しっかりしなさい!ソンジュ一人つかまえておけばいいのよ。あなた、何がそんなに不安なの?あなたの言葉通りだとしたら、死んだチョンソが生きて戻ったということだけれど、それが可能だと思うの?それに、万が一生きて戻ったなら喜ばなくちゃ。家族だもの...。
−記憶が戻ったら、交通事故のことも全部分かっちゃうわ...
−誰がそんなことを?お前がチョンソをひいたって?
−テファオッパが知ってるじゃない。
−事故の後、5年間チョンソを隠しておいたテファの話を...誰が信じるかしら?あなたは他のことは気にせずに、どうしたらソンジュと早く結婚できるかそれだけ考えなさい。明日はソンジュの誕生日でしょう?ミン会長とソンジュを招待しましょう。この機会を逃しちゃだめよ。私はあなたに全てを懸けたのよ。欲しいもののためなら、捨てなければならないものもあるわ。それが自分の子であったとしても、例外じゃない。私を失望させないでね。
その頃チョンソはセーフモールで新しい一歩を踏み出すために、街に出てデザインの発想を練るために様々なブティックを視察していた。チョンソが試着室でスケッチブックを広げている間、そっと後をつけてきていたソンジュがチョンソの手にした服の会計を全て済ませていた。靴やバックなど山ほど購入したソンジュは、商品をチョンソに持たせると、一人車に乗り込み、チョンソと荷物を残して走り去ってしまう。
セーフモールに戻ったチョンソは、仕事の合間にパンを頬張るテファの姿を見て、隠れた場所からテファの携帯電話を鳴らす。
−オッパ、何してるの?
−うん、ごはん食べてる。
−お前何をあんなにたっぷり弁当に詰めてるんだ?どこから食べていいか分からないぞ。
−オッパ、またパンと牛乳食べてるでしょう?
チョンソが壁画を描く男性を心から心配している様子を目にしてしまったソンジュは、電話を切ったチョンソに駆け寄る。
−恋人?
ソンジュを無視して歩き出そうとするチョンソだったが、ソンジュが引き止める。
−僕は誰かに好奇心を抱くと我慢できないんだ。あの人を愛しているの?
−はい...
−ふ〜ん、あんなタイプが好きなの?
−ちょっと!
−今日の午後三時までに新製品のレポートを提出して。
情熱的に語りかけてくる瞬間と、ふっと寂しそうに背を向ける姿に、チョンソは次第に心を動かされ始める。社長室でデザイン画を描きながらソンジュの心情を考えていたチョンソの前に、ソンジュが戻ってくる。ソンジュはチョンソの描いたデザイン画越しに彼女を見つめ続け、チョンソを失った悲しみがこみ上げ、自然とその瞳に涙があふれ出す。ソンジュの涙を見てしまったチョンソは、深い事情を察し、黙ったままソンジュを見つめ返す。
そんな二人が一緒に社長室にいることを知ったユリは、社長室に入ることをチャン理事に阻止されると、怒りが収まらずに兄テファの元へ急ぐ。
−まだここにいたの?出て行ってと言ったでしょう?
−帰れよ...
−チョンソ..今どこにいるか知ってる?ソンジュオッパと一緒にいるわ。オッパがもたもたしている間に、ソンジュオッパはチョンソを会社まで連れて来たのよ!チョンソ今日はうちの会社でデザイナーとしてスタートしたわ。知らなかった?どうして知らないの?行って確かめて来たらどうなの?今チョンソはソンジュオッパと会ってるのよ...それも二人きりで!
ユリの言葉に顔色を変えて足場から降りたテファは、慌ててソンジュのいる社長室へ駆け出す。その頃、仕事を続けるチョンソに、ソンジュは“出かけましょう”と声をかける。
−まだ終わっていません...
−3時なのに...
−どのみちその時間までに終わるはずありませんでした。
−同じ船に乗ったんじゃないの?
−僕にも出来ないことをさせようとしたでしょう?5年間も待っていた人をやっと見つけたのに、あきらめられると思いますか?
−今日中に終わらせます。
描いている途中のデザイン画を取り上げ、チョンソの目の前で破り捨てるソンジュ。
−何してるんです?
チョンソに乱暴に上着を手渡すソンジュ。
−僕にとっての大切なことはただ一つだ。
チョンソの手を取り、ソンジュはグローバルランドでチョンソの姿を見失ったあの場所へと彼女を連れて行く。
−このあたりでした...あの日僕はあの場所から手を振りました...。この場所に立っていた彼女には、僕しか見えてなかったんでしょう。向かってくる車なんて、目に入らなかったんでしょう...。死んだのに...明らかに死んだのに...ちょっとの間消えてしまっただけのような気がしたんです。だから1日に20回も30回も自分に暗示をかけたんです。生きている、生きている...戻ってくる、戻ってくる...と。
悲しみに満ちた表情で、事故のために亡くなった女性を想うソンジュの言葉にじっと耳を傾けるチョンソ。そんなチョンソの肩に手を伸ばすソンジュ。
−それで、奇跡のように戻ってきたんです...。
−...私...
−今日一日だけ、僕の言う通りにしてください...
ソンジュの切実な願いを聞き入れ、チョンソはソンジュとともに車に乗り込む。ソンジュが車を走らせた途端、テファとユリが慌てて外に飛び出してくるが、すでに二人を乗せた車は走り出してしまっていた。
ソンジュはチョンソとの思い出のカセットテープを流す。
−ハン・ジョンソ!驚いた?今君の部屋に入ってこのテープを録音してる。こうして話さないと、話せない気がして...。チョンソ、だから、僕、君が大好きだよ。ただ好きだっていうことじゃなくて、まだ幼くて良く分からないけれど、今君に感じているこの感情が...愛、じゃないかなって、ははは...難しいな。君が何て言うかは分からない。ハン・ジョンソ、いつ聞くかは分からないけれど、聞いたら君の気持ちがどうなのか答えてくれる?
思い出の海辺に着いたソンジュは、波の音を聞きながら穏やかにチョンソとの思い出を語り始める。
−チョンソの顔を見ながら、愛してると言える勇気が出なかった。もし笑われたらどうしようと...それなのにチョンソは言ってくれた。愛していると...。
−勇気のある人なんですね。チョンソさんという方...。
−そうですね。少なくとも僕よりは...。
チョンソを見つめるソンジュ。
−愛って何だと思いますか?僕が教えてあげましょうか?
ブーメランを手に、あの頃、チョンソに教えたように海に向かって投げるソンジュ。
−愛は、戻ってくるんです。今度はチスさんが投げてみてください。
今まで見えなかったソンジュの心の奥にある優しさや深い悲しみに触れたチョンソは、ソンジュに対する警戒心が解けて行き、いつのまにか笑顔を浮かべてソンジュと共に時間を過ごしていた。
ソンジュに連れられて海辺の家に入ったチョンソは、自分の部屋に入っても、かつて大切にしていた人形を手にしても、記憶を取り戻すことができない。そんな姿を見ていたソンジュに、徐々に失望感が押し寄せてくる。
ピアノの音に気がついたチョンソが下の階に下りて行くと、ソンジュが白いピアノの前に座っていた。教えてあげるから、こちらへ来て、と手を伸ばすソンジュ。
チョンソと手を重ねてピアノを弾くソンジュだったが、チョンソへの恋しさが募り、その手を止めてしまう。
−一度だけ、抱きしめてもいいですか?
黙ったままソンジュの気持ちを受け入れたチョンソを、ソンジュは温かく抱きしめ、涙を流す。ソンジュに抱きしめられながら懐かしさと愛しさがこみ上げてきたチョンソは、理由も分からず胸が苦しくなるのを感じずにはいられず、思わずソンジュの手を振り払って外へ飛び出してしまう。そこへ、ソンジュから知らせを受けたハン教授が姿を見せる。チョンソにうりふたつの女性を目の前に、涙を浮かべるハン教授。
−お名前はチスさんと言ったね?歳は?
−24歳です。
−年まで同じだ...
−ご両親は?
−亡くなりました...火事で...
−(涙をこらえきれずうつむきながら)申し訳ない...
−いいえ...
−一度手を握らせてもらえないかい?
チョンソがそっと手を差し出すと、ハン教授はその手を握りしめて声を上げて泣き出してしまう。チョンソの頬に触れて涙を流すハン教授を前に、チョンソの瞳からも涙があふれ出す。チョンソを送り届けるソンジュは、車の中で一言も話すことができない。チョンソの家に着くと、ソンジュがようやく重い口を開く。
−今日はありがとう。
−明日お会いしましょう...
チョンソのマフラーに手を伸ばすソンジュが、終始紳士的な態度で接する様子を見ていたテファは、一人焼酎を飲み気を紛らわしていると、父が戻ってきて共に酒を飲み始める。酒に酔い、部屋に戻ったテファが大きな音を出して倒れ込むと、呆然と座り込んでいたチョンソが駆け寄る。
−オッパ!起きて、オッパ!
テファは突然乱暴にチョンソを抱きしめようとする。
−オッパ!やめてよ!
−あいつと戻ってくるのを見たよ...お前のせいでおかしくなりそうだ...お前のせいで...
−ごめんね、オッパ。オッパをこんなふうにして...オッパがのぞむなら...
チョンソを抱きしめるテファ。
−ごめんよ、チス。俺が悪かった...お前が戻らないんじゃないかと、怖くて...すごく怖くて...どうかしてたよ、許してくれ。
−ううん、オッパ。許してもらうのは私の方よ。オッパ、愛してる。でもね、胸が痛むのよ...あの人のことを想うと、胸が痛いの...こんなのダメなのに、オッパに悪いことなのに、私の心が言う事をきかないの。初めは、あの人がふざけているんだって思ってた。でもわからない...だんだん分からなくなったの。オッパ、私が誰なのか知りたいのよ、オッパ!
チョンソの手を振り払い立ち上がるテファ。
−嘘だ...お前が知りたいのはお前の過去じゃなくあの男だろ...。出て行こう。過去なんて分からなくても幸せだったじゃないか...また出直そう。
−嫌よ。壁画が完成したら、その時出て行こう。
テファに頬を寄せるチョンソ。
−私が終わりにするから...過去を探したい気持ちも、オッパを不安にさせるのも全部終わりにするから...私、自分以上にオッパを愛してるのよ...
チョンソの言葉に涙が止まらないテファだったが、真実を話すことはできなかった。翌日、チョンソは会社を辞める決心を固め、徐々に準備を始める。そんなチョンソの前にチャン理事が姿を見せ...。