【脱北者収容所 独房内】
重傷を負った状態の弟チョインに背を向けた途端、背後から押さえつけられ首元にペンを突き付けられたソヌ。
異変を察した公安隊員が銃を手に取り、チョインに銃口を向けるが、チョインは怯むことなくソヌを強く押さえつける。
−動くな...近づいたら殺すぞ...
−(手を挙げて)大丈夫だ...大丈夫です...
−韓国人ですか?...韓国人ですか?
ソヌはチョインが自分の存在に全く気がつかない様子に衝撃を受け、黙ったまま頷く。
−私の兄を...助けてくれと言ってください...言わなければ、あなたを殺すこともできます...このまま放っておいたら、私の兄が死んでしまうんです!
チョインの口から“兄”という言葉を耳にしたソヌは、チョインが記憶を失っていることを瞬時に悟り、涙を浮かべながら身動きが取れずに黙ったままで立ち尽くす。
−だからあいつらに...私の兄を治療してくれと言ってくれないか?...カンチョル兄さん...俺のせいで銃に撃たれたのに!それでも足りずに俺のために...(泣き出しそうになるのをこらえながら)俺は死んでも構わないから、カンチョル兄さんを...助けてくれと言ってくれ!頼む!!
見たこともないチョインの姿に、ソヌは動揺を抑えながら静かに答える。
−本当に、治療さえすればいいんですね?
−....はい...
−分かりました...分かったから...ちょっと...ちょっと待ってください...
ペンを握るチョインの手をそっと掴んだソヌは、ゆっくりとチョインの方へと振り返る。
−あなたの..名前は何ですか?
−オ・ガンホです...オ・ガンチョルの弟、オ・ガンホです。
−本当に、あなたの兄さんだけ治療すればいいんですか?
涙を浮かべ頷くチョインをじっと見つめたソヌは、何か決意したようにチョインの手を握る手の力を一度強めた後、その手を離し独房を後にする。車に戻ったソヌは、外交部職員に“確認されましたか?イ・チョインさんでしたか?”と尋ねられると、無表情のまま“私の弟ではありません”と咄嗟に嘘をつく。独房にいる人たちは北へ送還されると聞いたソヌは、彼がどうなったかを連絡してくれと話す。移動中の車内、眠ったままのソヨンの隣で、ソヌはチョインへの想いを振り切るように心でつぶやく。
−イ・チョイン...私の罪は...私が死ぬその日まで私が背負っていくから...私を許すな...私を許してはいけない...もう何ひとつ手放さない...病院も、私も、ソヨンも...
オ・ガンチョルとチョインが独房から出されたのは、北朝鮮へと送還されるその日だった。久しぶりに外の光を浴びた二人の前に、非情にも北朝鮮の防衛部の男らが待っていた。
【病院 ソヌ、父の病室で】
意識を取り戻した後も、動くことも、話すこともできない父の顔を見ながら、ソヌが語りかける。
−覚えていますか?父さんがチョインを連れて来た時、私は5歳でした...その時から今まで、父さんは私に一度も笑いかけてくれたことがありませんでした...私も父の愛が必要だったのに...私も父に優しくされたくて、本当に、一生懸命、一生懸命に生きてきたのに...父さんにはチョインしかいなかったんですね...もう何に対しても譲歩しません...ですから私を...許さないでください...お願いです、私を許さないで...
【副院長室 ソヌ、母、イ理事】
チョインは探しだしたのかと切り出すソヌの母。
−チョインでは...ありませんでした...
−そう...そうだろうね...チョインのはずがないのよ...(視線を移し)オ理事...
同席していたオ理事が、チョインが中国で残したものだと言い、ひとつの箱をソヌの前に出す。
−あなたには申し訳ないわ...結局こんなことになって...
チョインの生存をその目で見たソヌだったが、事実を隠したままイ理事に問いかける。
−チョインは...どこで発見されたんですか?
−砂漠で発見されたと聞きました。イ・チョイン先生がはめていた指輪だそうです。カップルリングのようですが、これを合わせてみればイ・チョイン先生のものかが分かるでしょう。
カップルリングの片方であるチョインの指輪を見たソヌは、ソヨンの指にはめられていた指輪と同じものだと気が付く。震えを抑えながら、ソヌはチョインの葬礼を行いましょうと母に話す。イ理事とソヌの母は、チョインの死を確認しないまま葬礼を行い、全ての権利を手に入れようと企てていた。
【北へ送還中の車内 チョインとカンチョル】
北へ送還される車内で、タバコを一本吸わせて欲しいと申し出たカンチョルは、タバコを吸うため受け取ったライターの部品をチョインに手渡し、足元にある小麦粉の袋を破らせると、一瞬の隙を見て小麦粉の袋を投げつけ、脱出に成功する。命からがら逃げ出したカンチョルとチョインは、張り紙があった場所まで戻るが、すでにビラは一枚も残っていなかった。失望して立ちつくすチョインに、見つからないか、と声をかけるカンチョル。
−何もありません...一片さえも...夢だったんでしょうか?
−夢じゃない...俺も見たんだ
−それならもう、私を探すのを諦めたんでしょう...私のような奴がいなくなっても、もう関係ないのかもしれません...
−お前に何かあったように、もしかしてお前を探す人に何かがあったのかもしれん...
カンチョルの言葉に振り返るチョイン
−本当に、そうでしょうか?
−彼らが探せないのなら、私たちが探そう。お前を探す張り紙にあった電話番号が、82で始まっていた。南朝鮮の国際電話番号は82から始まる。
−(ふと表情が明るくなり)妹さんが見つかったんですか?
−(微笑みながら)南朝鮮へ行ったそうだ。大韓民国だ。俺と一緒に...行くか?
カンチョルとチョインの前に、かつて行動を共にしていたチスが姿を現す。キソクを殺したことを話さず、ただ自分だけが生き残ったと嘘をつくチス。麻薬王は土楼にいると答えたチスと共に、二人はチョインがかつて医師として足を運んだ土楼へと向かう。チスが保管していた薬を麻薬王へと手渡すカンチョルは、麻薬王が出したかばんの中の大金を見て驚く。
−大兄、これは多すぎます。
−どのみち脱北し、中国では生きるのが難しいだろう。どこかの国で行き場を見つけたら私に必ず連絡をくれよ。忘れるなよ、忘れるな。
−...はい...ところで、電話を貸していただけますか?
取引をじっと見守っていたチスは、カンチョルが国家情報機関に電話し、自分の名前を名乗る様子に驚き、思わずカンチョルの手を掴むと、南朝鮮に降伏するつもりですかと詰め寄る。
−チェ・チス、お前は抜けてもいいぞ。
淡々と答えるカンチョルの様子に失望したチスは、好きにして下さいと言い残し、その場を後にする。電話を続けるカンチョルは、妹ヨンジが南朝鮮に到着したことを確認すると、安心したように深く頷き、礼を伝える。
−私もそちらへ向かいます。南朝鮮に向かう方法を教えてください....(電話を切り、チョインを見る)カンホよ、今度は私たちの番だ。
韓国へと向かうことを決心した夜、チョインは小舟二そうを作り、その上にろうそくを灯して川へと浮かべる。カンチョルが一緒に船を見送りながら...
−キソクとキベクを見送るのか?
−二人は...どうなったんでしょう?
−故郷へ戻っただろう。
空の盃に酒を注ぐカンチョル。
−生きるために離れ、死んで戻ったか...
−...私も...戻ることができるでしょうか?
−生き残らなければならない。砂漠でお前は無意識に俺の足首を掴んだ...生きなければという意志が強かったんだろう...銃で撃たれて捨てられたから、何か悔しい事情があるんだろう。それを明らかにするまで、生きなければ、生きなければならない。同志たちの命と引きかえの命だから、必ず生き残らなければ...
−兄さん...探せますよね?大韓民国という国へ行けば、私が愛する人も、私が捨てられた理由も、全て...探せますよね?
−もちろんだ、必ずそうしなければ...
翌朝、土楼を離れるカンチョルらの姿を、少しはなれた場所から北朝鮮の防衛部隊の男たちが監視し、山中を歩き、国境へと向かうカンチョルらを尾行する。道中先頭を歩き続けるチスに、カンチョルが方向
が南朝鮮の方ではないと詰め寄ると、南朝鮮に向かうつもりがないチスは、突然ナイフを取り出し、カンチョルの胸に突き刺す。倒れたカンチョルがチスにライフル銃で撃たれる様子に、驚いたチョインは恐怖のあまり動くことができない。チスが銃でチョインを狙った瞬間、カンチョルが残った力を振り絞り、チスに飛びかかる。カンチョルに何度も銃弾を浴びせたチスは、金を入れたかばんを手にその場を逃げ出す。倒れているカンチョルに駆け寄るチョインに、瀕死の状態でつぶやくカンチョル。
−...ずいぶん撃たれたな...
震えながらカンチョルの状態を確認するチョイン.
−..いや、大丈夫だ、兄さん...(服を破り、出血している部位を抑えるチョイン)
−もう俺はいいから...
−何を言うんだ?助かるよ、俺が助けるから、絶対あきらめないで、分かった?
−戦場で散々見てきた...自分の状態は、自分で分かる...ヨンジを、ヨンジを...頼むぞ...
−いや...兄さんの妹は、兄さんが面倒をみてください...俺は面倒は見ません!
−オ・ガンホ...
−血が出るから...しゃべるなと言っているだろう!!
−こいつ...時間が残り少ないんだ!
涙をこらえてカンチョルを見つめるチョインに、カンチョルは胸元からヨンジの写真を取り出し、チョインへ手渡す。
−オ・ヨンジ...俺の妹だ...俺が出たのが5年前だから、25歳になっているだろう...我が家の光のような、純金のような子なのに、俺は守れなかった...国境へ行けば、南朝鮮の人たちが待っているだろう...その人たちが...俺の妹を探してくれるだろう...行け...
−兄さん1人置いて...俺がどうして行ける?一緒に行きましょう!
−行って、俺の代わりに...ヨンジを頼む...
−必ず生き残ると言ったじゃないか...同志たちの命と引き換えの命だから、このまま諦めるのはダメだ!!
−(大きな声を振り絞り)頼むから行けこの野郎!!
銃声が聞こえた途端、チョインはカンチョルを背負い、山中を駆け出す。追手が迫る中、意識を取り戻したカンチョルは、チョインが捕まることを恐れ、持っていた銃を自分の頭に向け、迷うことなく撃ってしまう。兄の死を知ったチョインは“兄さん!”と叫び声をあげ、泣きながら国境へ向かい疾走する。
【ポソン病院】
その頃、中国に残りチョインを探し続けていたソヨンの元に、チョインが戻ったとの知らせが入る。チョインの死の知らせを受けたソヨンが韓国へ戻ると、ソヌがチョインの葬礼を取り仕切っていた。チョインをまだ探している途中なのに、私たちが待ってあげなければ誰が待つのかとソヌに向かって泣き叫ぶソヨン。そんなソヨンにチョインが残した指輪を手渡すソヌは、ソヨンに対しても冷酷に振る舞い続ける。
チョインの葬礼が行われていたその場に、オ・ヨンジが姿を見せると、見覚えのある顔にソヨンが近づいていく。ソヨンの話からチョインの身に起こったことを悟ったヨンジは、自分のせいでチョインが死に追いやられたかもしれないと知り、自責の念と、悲しみで絶望感に包まれる。
一方、チョインの活躍していた救急医療センターでチョインの無事を信じ続けて待っているキム・ヒョンジュに対し、副院長の指示で地方の病院への移動が公知文で貼りだされる。脳医学センター設立に向けて邪魔になる存在を全て排除しようとする経営側の体質に、麻酔医のキム・ジングンも眉をひそめる。ヘジュはこうして脳医学センター設立や病院の権利全てを自分の手の中に収めたような気持ちになる。
【韓国行き 飛行機内〜空港】
国境で保護されたチョインは、憔悴しきった表情で国家要員とともに韓国へ向かう飛行機に乗っていた。堂々と入国審査ゲートを通過し、空港に降り立ったチョインは、カンチョルの遺骨を抱きながらカンチョルへと語りかける。
−兄さん...見えますか?兄さんがあれほど来たがっていた...大韓民国です。兄さん、探します...私が愛する人も、私が砂漠に捨てられた理由も、そして兄さんの妹、オ・ヨンジも...必ず探します...探しだします...
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