キソはイ老人を座らせ髭をそってあげながら“ヨンシンを愛することは、HIV感染した娘と認知症の老人をも共に背負う道に進むということ”というソッキョンの言葉ひとつひとつを思い出していた。ヨンシンに対してだけでなく、ポムやイ老人への愛情も芽生えていたキソだったが、“ポムの父親は俺だ”というソッキョンの言葉が重くのしかかる。キソはイ老人の笑顔を見つめながら改めてヨンシンやその家族への揺ぎ無い愛を実感する。
−哀れみなんかじゃない...。何が哀れなんだ?毎日世間への感謝に溢れる人を...俺のような奴の方が千倍は哀れだね。勢いなんかじゃない、俺はもうそんな若さもないし。俺のどこがそんなに偉いんだ?母さんが少し金持ちで、他の人ができない勉強ができた。それ以外は別に...それがそんなに偉いこと?そうじゃないですよね、おじいさん?
−はい、にいさん!
ヨンシンへ語りかけるようにイ老人に気持ちを伝えるキソは、幸せそうに微笑んでいた。
思い切って学校に行ってみようというヨンシンの励ましにも、ポムは学校に行くのを恐れ、ソッキョンの母と遊ぶと走り出す。その場に現れたソッキョンがヨンシンを引きとめるが、ポムはヨンシンの話を聞かずに子猫を抱いて走り出してしまう。ソッキョンはポムの後を追いかけようとするヨンシンを引き寄せ、抱きしめる。無理に抱きしめ続けるソッキョンに抵抗するのをやめたヨンシン。
−まだ私がそんなに簡単な女に見えるの?
この言葉にふと手を離すソッキョン。
−あなたが何をしても、どう扱ってもいい、そんな女に見える?あなたどうして私をそんなふうに扱うの?私があなたに何をしたっていうの?両親がいないから?他の人より学もなく、貧しいからなの?父親のいない子を産んだから?
−ヨンシン!
−最低ね...最低の男だわ。最後までいい思い出にしておいてよ。私にとってあなたは、そんなに悪い記憶じゃなかったのに。あなたを憎んでも恨んでもいなかったのに。あなたを理解しようと努力もしたわ。
−申し訳なかった。ポムとお前にひどいことをしたよ、俺が...。
−ひどいこと?友達と、イ・ヨンシンを押し倒せるかとお酒の席で賭けたこと?私は、あの時、あなたを愛していたの。あなたはおふざけで、賭けだったけど、私は違ってた。だから、ひどいことしたと思わないで。それとポムはあなたの娘じゃないわ。私の娘よ。何度も言ったけど。
ソッキョンと別れ、ポムを迎えにソッキョンの母の元へ向かったヨンシンはソッキョンの母に門前払いされる。ヨンシンを侮辱するような言葉を並べ立てる母の様子を、ちょうど家に戻ってきたソッキョンが耳にしてしまい、母親の態度に腹を立てて大声を張り上げる。ポムは送っていく、というソッキョンをじっと見つめるヨンシン。
−私達、友達よね?チェ・ソッキョン。友達として、最低限の友情が残っているなら、もう私の人生から出て行って。悪いけど、私はもうあなたを愛してないの。もうこれ以上あなたを心の中には置いておけないの。
−それならお前の心にはミン・ギソがいるのか?お前、ミン・ギソが好きなのか?
振り向いたヨンシンは「ええ」とうなずき、ソッキョンの家の前から走り去る。家に入ったソッキョンはバスルームに隠れる母親にドア越しに話しかける。
−俺は母さんにとって何?父さんの代用品なのか?15年前他の女のために女房も息子も捨てていった...父さんの代用品なのか?15年前から母さんは言い続けた、この世の誰より立派になって、父さんを見返してやってって!父がいなくてもこうして立派に育ったと、復讐
してやろうって。俺もそうしたかった、世間の頂点に上りつめて、母さんの手をとって父さんに会って、後悔させたかったんだ!それが俺の人生の目的だった。でも母さん、ポムも自分の父に捨てられたのは同じなのに、俺はそれでも、俺は12年父さんと暮らせたのに...ポムは自分の父が誰かもしらないのに...自分の父さんは世界一優しい人だって思ってるんだ...ヨンシンがポムをそうやって育ててくれたんだ。でも母さん、たまらなく恥ずかしいよ、ヨンシンがどれほど苦労してきたのか、他の誰より俺が一番分かってるのに、ポムに恥ずかしくて耐えられなかった。父さんをもう許
してください。理解は出来なくても許すことはしてください。誰のためでもなく母さんのために。そして母さんは悪い人間には成りきれない
人だから。ポムのおばあちゃんだから...天使のようなポムのおばあちゃんだから...。
ヨンシンが家に帰り着くと、キソにお風呂に入れてもらったイ老人と、キソが嬉しそうに笑っていた。ヨンシンが戻ると、イ老人がソッキョンのことを思い出しソッキョンの名前を呼び続けはじめ、キソはいたたまれない気持ちになる。少しぎくしゃくした雰囲気の中、キソとヨンシンはオ医師に代わって往診に向かう。キソは車の中で、質問の答えを聞いていないとヨンシンに切り出す。
−必ず肉親でなければならないの?家族というのは、血のつながりがなければだめですか?
キソに大きな負担を背負わせることになることがつらいヨンシンは、キソへ好意を抱きながらもまた言葉に詰まってしまう。ヨンシン、ポム、イ老人が自分を変えてくれたと話すキソの誠実な愛の言葉や態度に、ヨンシンは徐々にキソに心を許していく。帰り道、キソは車を止めると、ヨンシンの手を握って海辺へと誘い、歩きだす。キソの気持ちを受け止めるかのように、ヨンシンはキソの手を握り返す。海辺でキソの隣に座るヨンシンは、亡くなった祖母、父母に大きな声で挨拶を始める。死は、この部屋からあの部屋に移るだけで、姿を見えないけれど傍で暮らしているのというヨンシンの言葉に、キソは亡くなった恋人を思い出す。
−彼女に挨拶しないの?時々は挨拶しなくちゃ。深く埋めたって忘れられるものじゃないでしょう。記憶喪失じゃあるまいし、どうして忘れられる?人が、人を...。こんにちは!覚えていますよ、うちのポムにポムドンくれたでしょう?ポムドンはポムの弟になりました。ありがとうございます。私にお話はないでしょう?私は以上です。
無邪気に笑うヨンシンの顔をじっと見ていたキソは、思わず彼女の遺した言葉をヨンシンに伝えてしまう。
−申し訳なかったと...伝えてと言っていました。故意ではなかったけれど、こうなってしまって申し訳ないと、最期まで心に残り、胸が痛かったと。
−何がです?誰が?
キソが胸に手をあてる仕草をする。
−ポムの病気のことで...
キソの言葉から、キソの亡くなった恋人がポムの担当医だった事実を察したヨンシンは、激しい衝撃を受け、表情を失っていく。
−不可抗力だったんです。彼女も分からなかったんです。輸血が出来なかったらポムが危険な状態だったんです。ごめんなさい...ごめんなさい。
−ごめんなさいって?ごめんって?ごめんなさいですって?簡単に言うのね...簡単よ。
−簡単に言ってるんじゃない!
−罪悪感でこうしたのね?今までポムを支えてくれて私達を大事にしてくれたのは、申し訳なくて?罪悪感のせいだったのね?
首を横に振って否定するキソの表情を見ても、ヨンシンはキソを信じることは出来ず、一人海岸を歩き出す。ようやく心が通じ合った二人の間に、大きな隔たりが出来てしまう。
その頃、ソッキョンの母はソッキョンの父が自分の元を去ったことを鮮明に思い出し、生きる気力を失い、泣きながら海
の中へと歩き出す。そんなソッキョンの母を近くに居合わせたイ老人が呼び止める。仏様!と大きな声で呼びながら海の中に入ってくるイ老人は、ソッキョンの母を助けようとして自分が溺れてしまう。助け出されて診療所に運ばれたイ老人は一命を取り留める。イ老人の事故の知らせを聞いたキソが診療所に
到着すると、イ老人が目を覚まし、付き添っていたヨンシンとキソをじっと見つめたあと、チョコパイ100個買ってくださいとキソにつぶやく。体調が落ち着いたイ老人は
、退院するとすぐキソが用意したチョコパイ100個をヨンシンとキソに持たせて近所の家を一軒一軒まわり、チョコパイを配り続ける。
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