【チュンサン 病室】
全てが真実だった。チュンサンであることも、生きていることも、全てが現実だった。
チュンサンはユジンとの記憶をひとつひとつ思い出し、ユジンに確認するように問いかける。
−お前に初めて会った日のこと、思い出すよ。バスの中だった...俺の肩にもたれて居眠りしてたな
−うん、そうだったね。私たちバスの中で初めて会ったのよ。思い出したのね
−そのときは髪が長かった…そして俺をずっとにらみつけてた...
−それから?他の事は思い出せない?
−サンヒョクのことは覚えてる、少しだけ。ただ他の友達のことは思い出せない。良く分からない...
−大丈夫よ。あなたがチュンサンだってこと、思い出せたじゃない。それだけでも十分だから、不安に思わないで、チュンサン
−俺、本当にチュンサンだよな?お前との思い出、みんな本当だよな?
目の前にいるユジンを強く抱きしめるチュンサン。
−お前を思い出せて良かった…本当に良かったよ、ユジン...
−ありがとう。ありがとう、チュンサン
一方、連絡を受けてチュンサンの記憶が戻ったことを知ったサンヒョクは、ユジンを手放してあげなければならない気持ちと、ユジンを手放したくない気持ちとで葛藤を続けながら、チュンサンの病院へと足を運ぶ。
その頃、暗い病室の廊下で一人たたずむチュンサンは、必死で記憶の糸を辿っていた。そんなチュンサンの後姿を見て、ユジンが"チュンサン"と名前を呼び、チュンサンが振り返る。
−チュンサンと呼んだのに振り返らなかったらどうしようって心配しちゃった。何考えてたの?
−別に…
−わかった。昔のこと考えてたのね?
−ある記憶はとても鮮明なのに、思い出せない部分も多いんだ。ぼんやりと見えるものが夢だったのか、現実だったのか、よくわからない...
−それでも自分がチュンサンだと思い出したじゃない。良くなるわ、大丈夫よ
不安を抱くチュンサンを、温かく抱き寄せるユジンの表情は、慈愛に満ちていた。そんな二人の姿を、病院に来ていたサンヒョクが目の当たりにしてしまう。サンヒョクは、10年ぶりに見るユジンの安心した表情に、彼女を手放す決心を固め始める。
【サンヒョク ユジンの元へ】
翌日、ユジンのアパートを訪ねたサンヒョクの姿が、チュンサンの病院へ向かおうとするユジンの目に留まる。
カフェに向かった二人は、互いに瞳に涙を浮かべていた。
−チュンサン、記憶が戻ったって?
−うん、完全ではないけれど、サンヒョク、あなたのことも覚えてるよ
−そうか…別にいい記憶でもないだろうな
−会って、みる?
−そうだな…後でな。ユジン…俺、お前にイ・ミニョンさんがチュンサンだと言わなかったこと、後悔していない。多分また同じ状況になっても言わないだろう。言うのが嫌だった。ただ、お前が知らないままでいてほしかった。お前を手放すのは本当に嫌だった...俺にとってもお前が初恋だったから
−サンヒョク...
−お前を手放すよ。お前からチュンサンを二度も奪うわけにはいかないから
−私…罰を受けるわね。あなたをこんなに傷つけて。罰を受けるわ
−そんなこと言うなよ。俺はちっともつらくない。俺はなんともないのに、お前が泣くのは、俺が苦しくて嫌なんだよ。泣くな…。笑えるな…チュンサンはお前との記憶を取り戻そうと努力して、俺は、お前との記憶を忘れようと努力しなきゃならない…。俺、耐えられるかわからないけれど、一度やってみるよ。だからお前も、俺が夜中に電話したり、たずねたりして、手を伸ばしたとしても、その手を絶対に握らないでくれ。優しく笑ったりせず、涙も見せるな。そうできる?手伝ってくれるだろう?ごめんな…本当にごめん。お前を泣かせるのは、これで最後だ。いつもお前のそばにいるという約束を、守れなくてごめん
サンヒョクは、涙を流すユジンを前に、揺れ動く自分の気持ちをどうすることもできずに外へと飛び出す。冬の日差しがサンヒョクには眩しすぎた。サンヒョクは、こらえていた涙が溢れ出すのを
止めることが出来ないまま、道に立ち尽くす。
【カン・ミヒ 記憶の戻ったチュンサンの元へ】
−チュンサン...
−はい、お母さん...
カン・ミヒの目の前にいるのは、チュンサンだった。記憶を失う前のチュンサンの表情そのものだった。
母親と向き合うチュンサンは、ずっと知りたかったことを問いかける。
−父さんは誰?私に父を与えたかったと仰ったでしょう?以前チュンサンだった頃も父さんが誰か知らなかったの?
−教えたことはないわ
−どんな人でしたか?そんなに気になるの?父
さんのことを聞くところをみると、チュンサンなのね。ミニョンではないのね...
−こんなふうにたずねることが母さんを傷つけていたんですね。すみません、お母さん。答えなくてもいいですから...
−母さんが若かった頃、本当に愛する人がいたの。今までも一瞬たりとも忘れたことがないほど
に...信じてくれる?でもね、その人は私を捨てて、忘れてしまい、亡くなったの。その人が私を忘れてしまって幸せだということが、とても悲しかった。何十年経った今も、胸が痛むわ
。お前がいたから耐えられる時間だった。お前だけ見つめながら、考えながら、そうやって耐えてきた。だからお前の父親が誰かは私には重要じゃないの。
あなたが私の息子で、お前さえ母さんのそばにいてくれたらいいの
母親の苦しみを理解しながらも、チュンサンの心の中を覆う暗い雲は消えることはなかった。
【チュンサン 退院】
退院したチュンサンの家を真っ先に訪ねたのはユジンだった。
−玄関、開いてるよ!
−良く来たね
−うん、プレゼントよ。
持ってきた花をチュンサンに手渡すユジン。
−ありがとう。お前が最初のお客さんだ。
−そう、光栄ね!(部屋を見渡し)素敵!
−イ・ミニョンのときは家なんていらないと思っていたけど、チュンサンは違うみたいだ。自分の部屋が出来たら気分がいいよ。
−でも、何もないから殺風景ね。一人でも必要なものはそろえなきゃならないわ。専門家に任せて。私がここを最高
の空間にしあげてあげる!
−このままでもいいのにな...。愛する人にはお互いの心が一番良い家だって。
何もなくてもいいじゃないか。心がある。
部屋が片付き、落ち着くと、二人は肩を並べて高校時代の思い出を語り始める。
−担任の先生のあだ名は?
−う~ん、分からない
−大魔王。大魔王よ。大魔王が私たちに罰を与えたことがあるんだけれど、どんな罰だったか覚えてる?1ヶ月間それをしなきゃならなかったの。
−…
−ヒント!○○○掃除!
−トイレ掃除?
−違うわ。焼却場の掃除。
−俺たち不良学生だったのか?
−あなたは不良だったけれど、私はすごく真面目だったのよ。全部あなたのせいよ!
−そうじゃないだろう?俺が覚えてないと思って嘘ついてるだろう?
信じないぞ〜
−悔しかったら思い出して!
もうひとつね。初雪の日に会ったとき、私があなたに貸したものは?
−ピンクの手袋
−覚えてるの?
パッと表情を明るくするユジンとは対照的に、チュンサンの表情は曇る。
−いや…お前が教えてくれただろ?ピンクの手袋を貸してあげたのに返してもらえなかったと。会う
約束だった日に、俺が来なかったからと
−そうだったね…私が話したんだったね…そうだった…あの日、手袋も返して、私に話すことがあるって言ったのよ。
〜回想〜
−好きな動物は?
−子犬。あなたは?
−人!
−人?誰?
−大晦日にここで会おう!そのときに話すよ
〜回想 ここまで〜
−俺がお前に何を話そうとしたのかな?ごめん。思い出せなくて
涙を浮かべるチュンサンの沈んだ表情に、ユジンは不安を打ち消すように明るく振舞う。
−大丈夫よ。私が全部覚えてるから。後で全部思い出せるよ
【高校時代の担任教師との再会】
ソウルを訪れた高校時代の担任教師からの連絡で、チェリンとチンスク、ヨングクとサンヒョクが集まり、和やかな雰囲気の中にチュンサンとユジンが姿を見せる。
亡くなったとばかり思っていたチュンサンが生きていたことで素直に喜びを表現する教師だが、その場の雰囲気は一転し、水を打ったように静かになってしまう。
いたたまれずに席を立ったチェリンを追い、サンヒョクも出て行ってしまい、教師も席を立つと、ヨングクは憮然としたまま酒を飲み始める。
−ごめん…こんな席だと分かっていたら出てこなかったのに
ユジンの心情を気遣い、チンスクが答える。
−知らなかったんだから、あんたが悪いんじゃないよ
黙ったままだったチュンサンが、重い口を開く。
−ヨングクさん、チンスクさん、本当にごめんなさい
「さん」付けでよそよそしいチュンサンの口調に眉をひそめるチンスク。
−記憶、全て戻ったんじゃないの?
−初めはいくつか思い出して、それ以上浮かんでこないんです。ただ、自分がチュンサンだということと、ユジンの記憶まで…すみません
チュンサンの言葉に冷たい笑みを浮かべるヨングク。
−カン・ジュンサンだと思ったら、まだイ・ミニョンか...思い出したのは何だ?自分がチュンサンだということと、ユジンの顔と、それで全部?チンスクや俺のことは思い出さなくてもかまわない。だがお前が学生のとき、サンヒョクをどれだけ傷つけたのか、それも覚えていないのか?サンヒョクとお前は理由もなく毎日喧嘩して
、お前が死んでからもユジンの記憶の中のお前と10年も戦って生きてきたんだ。お前が生きて戻って記憶を取り戻すのは、そう、すごく嬉しいけどな…何も覚えていないお前より
、俺にはサンヒョクの方がずっと大切だ!チェリンがずっと大切だ...
チンスクの制止を聞かずに続けるヨングク。
−あいつら、お前のせいでどんなにつらかったか分かるのか?お前が死んで、ユジンが一番つらかっただろうが、サンヒョク、チェリン、俺たちもみんなつらかった
!俺たちはカン・ジュンサンという名を10年忘れられずに生きてきた。ユジンだけ思い出すんじゃなく
、お前がサンヒョクをどれだけ傷つけたのか...俺がお前をどれだけ好きだったか全部思い出せ!全部思い出して...10年前、俺たちが山でMTをした
頃の時代に戻してくれ!
酒の勢いでまくしたてたあと、ヨングクとチンスクも席を立ってしまう。チュンサンは衝撃を受けて言葉を失ったまま
微動すらできず、長い時間が流れるが、ユジンだけはチュンサンのそばを離れないまま静かに座っていた。
−私が悪かったね。一緒に行こうっていったから...
−ユジン...カン・ジュンサン、一体どんな奴だった?一体どんな奴が、友達をこんなに傷つけたんだ
−チュンサン…
【バス停で待ち合わせるユジンとチュンサン】
翌朝チュンサンから連絡を受けたユジンは、 バス停で待つチュンサンの元へ駆けつける。
−手伝って欲しいことがある
−手伝う?何を?
−お前の記憶、俺に貸してくれる?
−チュンサン…
−チュンチョンに行こう。そこへもう一度行って、俺たちが何をして
、何を話したのか、教えてくれ。何か思い出せそうだから...
−突然どうしたの?昨日のことのせいね?
−そうじゃない。ただ全てを思い出したい欲が出てきたんだ
二人は、かつて共に時間を過ごし、心を寄せ合った場所を訪れながらチュンサンの記憶を呼び戻そうと努力するが、チュンサンは全く思い出すことができずに苦悩が深まってしまう。沈んだ気持ちのまま湖のほとりに向かう二人。
−ここでこうして石を投げたりしたの?
−覚えてる?
−いや、そうじゃないかなって...
−あの時はここは凍っていたの。氷の上を転がる石の音が心地よかったな
。でもね、それ以外にもうひとつある。それはあなたが記憶が戻っても知りえないこと。私と友達だけの知ることだから...
−何?
−ここであなたとお別れしたのよ
。チンスク、ヨングク、チェリン、サンヒョク。私たちだけでお葬式をしたの。生きてるのにね....
−たくさん泣いたかい?
−ううん。不思議と涙が出なかったわ
。あなたがこうして戻ってくるって分かってたのね
−俺は何も覚えていないのに、バカみたいに死んだ人を10年も思い続けていたのか?俺は何もしてあげられなかったのに...
−チュンサン…あなた私のために記憶を取り戻したいのね?それでここに
来ようって言ったのね?そう、そうだと思った。
−違うよ。俺も思い出したいんだ。それでお前に
とって真のカン・ジュンサンになりたいんだ
−あなたがイ・ミニョンさんだったとき
、私に言ったこと覚えてる?こんなに美しいのに、どうして悲しい思い出ばかり見るのかと、あなたがそういったの。あのときの言葉正しいわ
。ここはこんなに美しいのに、どうして私たちは昔の記憶を取り戻そうとばかりしてるのかしら。昔の記憶も大切だけれど、これから一緒に作っていく記憶が、はるかに多いのよ
。記憶を探すのは、もうやめよう...
−あなたが思い出せなくても関係ないわ。私が愛してるのは思い出の中のチュンサンじゃない。今私の目の前にいるあなたなの...
ユジンの深い愛情を感じたチュンサンは、ユジンを抱き寄せ強く抱きしめる。
【チュンサン 運転中】
翌日、仕事に戻ったチュンサンは、運転中ふと目に入った子供が
、ピンクの手袋を母親につけてもらう姿を見ていると、突然ユジンとの記憶が蘇る。すぐに母に電話をしたチュンサンはチュンチョンの家に当時の洋服があるかどうかを確認すると、ユジンの事務所へと急ぐ。ドアを開くとすぐにユジンに呼びかけるチュンサン。
−ユジン、俺思い出したよ!思い出したんだ!
(チョンアに目線を移し)チョンアさん、今ユジンを連れ出してもいいかな?急いでいかなきゃならない場所があるんです。チュンチョンに行こう。返したいものがある...
呆気にとられるチョンアに許しを請い、ユジンの手をとり駆け出すチュンサンの表情にはまぶしい笑顔が浮かんでいた。
【チュンサンの家】
当時の洋服を引っ張り出したチュンサンは、1枚のコートのポケット
の中に、とうとうユジンの手袋を見つける。待っていたユジンの前にゆっくりと近づくチュンサン。
−見つけたの?何?
黙ってうなずくチュンサンの手には、ユジンの渡したピンク色の手袋があった。
ひとつ、またひとつと、なくした思い出を取り戻し始めた二人は、大晦日に会う約束をしていた通りに向かう。その夜のことはまだ思い出せないチュンサンは、また表情を曇らせてしまうが、ユジンが明るく「勇気付ける。
−大丈夫よ。きっと思い出す。ひとつひとつ思い出すたび、プレゼントもらった気分になれるよ。今日は色々なところへ行ったから疲れたでしょう?コーヒー飲む?買ってくるね!
ユジンがその場を離れている間、空から舞い降りる真っ白な雪を見つめていたチュンサンの脳裏に
、あの夜のことが浮かぶ。
コーヒーを手に戻ってきたユジンが、背を向けたままのチュンサンの名を呼ぶと、チュンサンの瞳には涙が浮かんでいた。ユジンに近づくチュンサン
。
−俺たち、ここで会おうとしてたんだよな?大晦日に…思い出したよ…その日お前に伝えたかった言葉も...ユジン…愛してる