韓国放送局による特別企画「海外養子縁組実態」“私は韓国が嫌いです”編集室では、オーストラリアで取材した韓国からの移民の取材編集を行っていた。
〜1999年9月25日 オーストラリア〜
エリー・ジャクソン 18歳
ここに来たのは5歳の時。つらくて死にたいと思ったことも何度もあったわ…でも、死んじゃダメなのよ、私をゴミみたいに捨てた両親に復讐しなくちゃ...
ショーン・ケリー 17歳
孤児院にいた後、9歳の時に養子に出された。韓国語?分かるけれど書けないな。考えたくもないな。俺を捨てた母親に会ったら何が言ってやりたいかって?地獄へ落ちろ!
デニー・アンダーソン/韓国名チャ・ムヒョク 22歳
良く覚えていないけど、2歳のときに養子に出されたって。え?韓国語?良く知ってるさ!ガールフレンドが教えてくれたんだ。짱나!
골 때린다!
앗싸!
(むかつく!まいった!よっしゃ!)こんな言葉だって知ってる。彼女が俺のガールフレンド、チヨンです!母さんのことは理解できますよ。事情があったんでしょう。自分の子供を捨てるだなんてどれほど大変だっただろう
って。こんなこともあり得るよな?ミルクも買えないほどにすごく貧しくて、お前だけでもリッチな家にいってまともに生きろと。可哀想な母さんに会って、綺麗な服を買ってあげて、カルビもご馳走してあげて、綺麗な家を買ってあげたい。待ってろよ、母さん!俺がそっちに行ってぜいたくさせてやるからな!5年だけ待て!
映像を見終えた担当者は“悪くはないけど、彼の雰囲気、コンセプトと合わないじゃない?あの言葉づかいじゃなぁ..”とムヒョクの言葉づかいに不満を示すが、編集して放送するとの
部下の方針にしぶしぶ頷く。
その頃、オーストラリアのメルボルンの街の片隅で、チャ・ムヒョクは観光客を眺めながら次のターゲットを探していた。そんなムヒョクの目の前に、地図を片手に不安そうな面持ちで道に迷っている女性観光客の姿が飛び込んでくると、ムヒョクは迷わず声をかける。
−Hello! You
need help? Where
are you from?
−…Japan…
−あ〜、そうですか!嬉しいですね〜、私も日本人です。
−本当に?本当に日本人なの?こんなところで日本人に会えるなんて嬉しい!
巧みに英語と日本語を使いわけるムヒョクをあっさりと信じた女性は、目的地まで送ると話すムヒョクの車に乗った途端、荷物を奪われ車から降ろされてしまう。
少年の頃からこんな生き方を続けてきたムヒョクには、人をだますことに罪悪感を抱くことすらなくなっていた。ムヒョクの唯一の幸せは恋人チヨンの存在だった。そんなチヨンに贈り物を選ぶためにブティックに向かったムヒョクだが、ポケットには数枚のドル札とコインだけ。大声を出し店員に無理を言うムヒョクの耳に、聞き慣れた声が聞こえてくる。チヨンだった。ムヒョクは目を疑った。チヨンが年老いた男性から洋服を贈られ、嬉しそうにその男性の頬にキスしている。そばにいるムヒョクに気がついたチヨンは、悪びれずに言った。
−ごめんね、理解してちょうだい。ジェイソンを待たせすぎたわ。行かなきゃ。
背を向けようとするチヨンの腕を握るムヒョクの表情は青ざめていた。
−I love you! 愛してる、チヨン!
−私も、私もあなたをこの世で一番愛してるわ、チャ・ムヒョク。あなたよりもね、ジェイソンのお金を愛したの、私。
言葉を失ったまま身動きすらできないムヒョクの頬に軽くキスすると、チヨンは“私の結婚式、絶対来てね!”と明るく言い残し、男の元へと去ってしまう。7年もの歳月を夫婦のように過ごしてきたチヨンが、富豪との結婚というカードを手に、ムヒョクをあっさりと捨ててしまった。喪失感に包まれながら、ムヒョクは頭を真っ白にしたまま車を走らせ、突然橋の上に車を止めると、川にかかる橋の上から怒りと悲しみに満ちた瞳でドル紙幣を投げ捨てる。
一方、韓国から撮影のためにオーストラリアに来ていたウンチェは、20年愛し続けてきた歌手チェ・ユンのコーディネーターとして、ユンへの気持ちを心の奥に隠し続けながら共に仕事をしていた。ウンチェの高校時代からの友人であり、今回のユンの相手役であるミンジュに対し、ユンが恋心を抱いていることに気付きながらも黙って二人を見守るウンチェ。ミンジュにアプローチしながらも受け入れられないことに苛立つユンを慰めながらメルボルンの街を歩く二人の傍を、猛スピードで一台の車が走り抜ける。ムヒョクの車だった。道路側にいたユンを咄嗟にかばい、ウンチェは顔に怪我を負ってしまう。
滞在先のホテルへ戻り、怪我をしたウンチェの手当てをするユンだったが、約束場所で待つミンジュのところへ行くようにとウンチェに促される。ウンチェを置いて自分だけ行くことはできないと言うユン。
−人が疑うわ。
−疑われてもかまわないさ。スキャンダルになれば結婚すればいい。
ユンの言葉が本心でないと知りながらも戸惑うウンチェは、子守唄を歌うユンの前で、眠ったふりをする。ウンチェが眠ったと思い込んだユンは、逸る気持ちを抑えきれず、すぐにミンジュに連絡をし、彼女との約束場所へと向かってしまう。
翌朝早く、一人でホテルを出るウンチェは、メルボルンの通りでストリートギャングに声をかけられ、荷物を奪われてしまう。知らない街の片隅で、なすすべもなく路地で座りこむウンチェ。そこへ、どうしようもない気分で街を歩いていたムヒョクがやってくる。ウンチェの姿を見つけたムヒョクは、彼女に近づき、座り込み、目線を合わせると、日本語と中国語でいつもの調子で語りかける。
−日本人ですか?私も日本人です。中国人でしょう?私もチャンナタウンに住んでいます
日本語と中国語を流暢に話すが、全く反応のない様子にあきらめて立ち上がるムヒョクは、ふと振り返ると、ウンチェに韓国語で声をかける。
−もしかして韓国人か?
韓国語の懐かしい響きに目を光らせたウンチェは、相手が韓国人だと知り、安堵のあまり飛びあがる。
−あ〜助かった!助かった!助かった!
安心感から泣きだしてしまったウンチェをバーに連れて行ったムヒョクの前で、無我夢中でサンドイッチを頬張るウンチェは、ムヒョクに差し出されたビールを次々と飲み干して、次第に酔いつぶれていく。
−大丈夫、大丈夫。私にとっての愛は、ただのゲームだもの。スタークラフトみたいなもの...
ユンが自分の部屋にいてくれるのではと期待もしていたウンチェにとって、ユンがミンジュの元へ行ってしまったことが悲しくて胸が引き裂かれそうな出来事だったのだ。酔いつぶれるウンチェに声をかけるムヒョク。
−ちょっと待ってろ。すぐ戻る。
−はい!行ってらっしゃい!
店の主人と交渉し、ウンチェを売ったムヒョクは、彼女を残し一旦店を後にするが、仲間が奪った彼女の荷物から出てきた韓国人のパスポートを目にすると、ふと同郷の彼女への情が沸き、ウンチェを置き去りにした店へ戻り、ウンチェを救いだす。追手から逃れたムヒョクは、無意識に強く握りしめていたウンチェの手を離すと、ウンチェに背を向け歩き出す。
−ちょっと!おじさん!オッパ!おい、爆弾頭!
返事もしないムヒョクだったが、行き場のないウンチェは仕方なしにムヒョクの後をとぼとぼとついて歩き出す。その頃何も知らないユンは、ミンジュに交際を申し込んでいた。自分の想いを受け止めようとしないミンジュの目の前で海へ飛び込むユン。
その夜、路上の段ボールの上で眠るムヒョクの姿を目にしたウンチェは意を決して一人で歩き出すが、騒ぎ立ててやってきたムヒョクの仲間らに驚き、ムヒョクの元へ慌てて戻ってくる。
−デニー、元気か?この女は誰?
−消えろ
−わかったよ。落ち着け...
ムヒョクの一言で仲間が去ると、また目を閉じるムヒョク。路上で横になった経験などあるはずもないウンチェは、ムヒョクの隣で横になっても恐怖と不安で震えが止まらない。
−お母さん…お母さん…
ウンチェの言葉に気がついたムヒョクは、彼女が冷えないよう、ウンチェを突然抱きしめる。
−!!ちょっとまって…私、夫がいます!結婚してるの!子供もいます!
−このまま寝ろ。死にたくなければ…
ムヒョクの腕に包まれながら、ウンチェは携帯電話に残したユンの写真を見つめ、涙を流していた。
一方、海から助け出されたユンは、少ししたらまた死んでやる、とミンジュに自分の気持ちが嘘ではないことを何度も訴えると、ミンジュはそんなユンの気持ちを受け入れる。
−私警告したわよ。はっきりと警告したからね。
翌朝、目を覚ましたウンチェの隣にはムヒョクの姿はなく、奪われたスーツケースとメモが残されていた。
"気をしっかり持てよ、お嬢さん"
ぎこちないハングルで書かれたそのメモを手に、ウンチェは空港へと向かう。
部屋に戻ったムヒョクの前に、チヨンからの荷物が届いていた。チヨンの結婚式の招待状とスーツ1着を手にしながら、彼女と過ごした日々の何気ない幸せな出来事を思い出したムヒョクは、なすすべもなくチヨンの送ったシャツに袖を通す。ふと冷蔵庫を開き、キムチが底をついたことに気付いたムヒョクは、正装することも忘れ、チヨンの結婚式場へと向かう。
花嫁はどこだ、と騒ぎ立てるムヒョクに気付いたチヨンがカーテン越しに声をかける。
−ムヒョクね?
−キムチ…食べ終わった…
−何?
−キムチ、どうして漬けて行かなかった?
−(英語で話し始めるチヨン)ごめんね、忘れていたわ。忙しくて
−戻ろう
−何故?
−キムチを漬けてくれ
−何?
−キムチを漬けた後結婚しろよ。行くぞ
−買って食べてよ。韓国市場でも行って。
−お前が漬けたキムチじゃなきゃ食べない
!
大きな声に驚いたチヨンは、メイクの手を休ませると、ウェディングドレス姿でムヒョクの前に現れる。
−私どう、ムヒョク?可愛い? 何よその格好。スーツを送ったでしょう?受け取らなかった?
黙ったままだったムヒョクは突然チヨンに近づくと、その手を握りしめ、式場から連れ出す。
−ムヒョク!待ってよ、ちょっと!離して!
拒むチヨンを車に乗せ、乱暴に車を発進させるムヒョクは、式場の入り口で銃を手にする不審な男を目撃するが、だまったまま行くあてもなく車を走らせる。憮然とした表情で運転を続けるムヒョクをたしなめるように語りかけるチヨン。
−私の夫ジェイソン、すごく怖いのよ。組織のボスで、数えきれない殺しもしてきたこと話さなかった?帰ろう、おふざけはやめにして。
−俺たちの国へ帰ろう。韓国へ行けば、方法があるはずだ。そこへ行けば幸せに暮らせる。俺たちもそこへ行けば…
−車を戻してよ!結婚式が遅れるじゃない!
−俺たちの国へ帰ろう!
−私の国はここよ!
−俺たちの国へ帰ろう!
−Denny, please! I’m
sorry,O.K.? It’s
my fault! It’s my fault that I teach how to speak the Korean,
O.K.? I’m sorry…
怒りが収まらないムヒョクは崖の淵に車を急停止させる。
−それなら死のう!一緒に生きられないなら、一緒に死ぬ
−ムヒョク…
−また生まれ変わったら!絶対に金持ちに生まれてやる!ジェイソンより金持ちになって、お前を幸せにするから!
−ムヒョク…ムヒョク、どうしたのよ…落ち着いてよ…
−祈りたければ祈れ…最後に…
−ムヒョク、ムヒョク、やめて、
−行くぞ。来世で会おう…
−...母さん、母さん!
愛するチヨンを道連れにすることができなかったムヒョクは、結局式場へと彼女を送り届ける。式場で見覚えのある男が胸元の銃を手にするのを目に
したムヒョクは、狙われているのが彼女の夫だと悟り、一心不乱に彼女に向かって走り出し、頭部に銃弾を受けてしまう。瀕死の重傷を負ったムヒョクは、病院に運び込まれるが...。