家の前で父とオ・ドゥリとの言い争いを偶然耳にしてしまうウンチェ。
−誤解なのよ、本当に!そんなつもりじゃないのよ。本当に私の子供のようで...だから...
−ユンには希望があるじゃないか!ムヒョクには何ひとつないんだ!ただ死を前にして成すすべもないんだよ、ムヒョクには!ユンには、手段も方法も選ばず自分を助けようとする母親がいるのに...ムヒョクにはそれすらいないんだ!死が何かも分からない姉と幼い甥しかいないんだ、ムヒョクには!
−オッパ...それでもそうじゃないのよ、本当に!
−ムヒョクを頼むからそっとしておいてくれ!残された人生だけでも寂しくないように...騒がしくないように手放してくれ、頼む!
−ああ、そうじゃないのに...そうじゃないのに..
−オ・ドゥリ...もうやめよう。な?
二人の会話から事実を知ったウンチェは、衝撃を受け顔色を失う。ふと踵を返すとムヒョクに向かって街を走りだすが、あまりのショックに力を失い道にしゃがみ込んでしまう。ウンチェの脳裏に、ムヒョクと交わした会話が浮かぶ。
−それなら帰れば?オーストラリアに。それほどまでに美しい自分の国に帰って暮らせば?
−あの上に行くとどうだろうな?ここから見るのよりずっと綺麗でカッコいいか?
−気になるなら直接行ってみたら?
−行くよ、もうすぐ...少ししたら、行くぞ!かならず...
ムヒョクに言い放った自分の冷淡な言葉が脳裏に浮かび、ウンチェはムヒョクがどんなに傷ついたかを思うと立ち上がることも出来ず、ただ涙を流す。
−おじさん、私たち、この世では縁がなかったのね...来世で会いましょう、私たち...
その頃、ムヒョクは姉のソギョン、カルチとともに穏やかな時間を送っていた。
−ムクゲの花が咲きました!
ムヒョクがカルチとソギョンの方を振り返った途端、涙を流してムヒョクを見つめるウンチェの姿が飛び込んでくる。自分に対する怒りと、ムヒョクを失うかもしれない悲しみとで混乱した
ままムヒョクの元へやってきたウンチェは、突然を泣きながらムヒョクを強く叩き始める。ウンチェを心配したムヒョクは、ウンチェの両手を掴むと、顔をじっと
覗き込む。
−どうした?どうしたんだよ、ウンチェ?何かあったのか?...何かあったのか?
何も言葉に出せないまま、泣き続けるウンチェ。
−ウンチェ!何があった?うん?
心配するムヒョクの手を振り払い、背を向け歩き出すウンチェは、階段を踏み外して落ちてしまう。
ウンチェの叫び声に慌てて飛び出すムヒョク。
−ウンチェ!ウンチェ!ウンチェ!大丈夫か?
ウンチェが顔に怪我をして血を流すのを見たムヒョクは、薬を塗るから家に入ろうと促す。
−他に..他に怪我はないか?気をつけなきゃダメだ、バカ
だな...
−離して!大丈夫、大丈夫よ...大丈夫だってば!何でもないのよ!こんなのちっとも痛くない!大丈夫なのよ...
ムヒョクとソギョン、カルチが心配そうに見守る中、ウンチェはふらふらとした足取りで歩き始める。ウンチェの取り乱した様子を見て驚いたムヒョクは
、ウンチェが落としていったヘアピンを見つめながら彼女が自分の状態を察したのではないかと悟り、急いでウンチェの後を追い街を走りだす
。ところがバス停でひざを抱えたままのウンチェの姿を見つけることができず、二人はすれ違ってしまう。
痛む足を引きずりながら家へとたどり着いたウンチェに、彼女の帰りを待っていた父が声をかけるが、ウンチェは父の顔を見ようとも
せず、怒りを込めた口調で父に問いかける。
−ムヒョクおじさんが病気だってこと...どうして隠していたんですか?私がユンを捨てて行くんじゃないか...ユンを捨てておじさんの元へ行くかもしれないと、そうなんですか?おばさんが隠してくれと頼んだんですか?
−入ろう、な?家に入ろう、さあ。
−それでも..話してくれなきゃ、父さん!話してくれなくちゃ!私がムヒョクおじさんに...ひどいことしてしまったのに...ひどいことをしちゃったのに!少しだけ早く話してくれたら...私がムヒョクおじさんに、どれだけ酷いことしたと思うの?どれほど残酷なこと言ったか分かるの?父さん!
−入ろう...
−ユンのところへいくわ。行って話すから...今からでも私をムヒョクおじさんのところに行かせてって、ユンに話すの!ムヒョクおじさんのところへ行かせてって...ユンに跪いて千拝でもするわ、父さん!
ウンチェの父は、泣き叫びながらムヒョクの元へ向かおうとするウンチェを無理やり家に閉じ込めてしまう。その頃、ウンチェのことが気になったムヒョクは、薬の袋を手にウンチェの家の前で彼女が落とした果物や野菜を拾い上げていた。父は家族が心配する中、ウンチェの携帯電話を取り上げ、部屋に外側から鍵をかけてしまい、ウンチェはなすすべもなく部屋で涙を流す。
家族に絶対に鍵を開けるなと強い口調で命令したウンチェの父は、外に出ると家の前に佇むムヒョクに気が付く。
−何をしに来た?
−ウンチェ...会いに来ました。
−ウンチェは田舎に行った。家にはいない。戻れ。
−会わせてください...
−家にはいないと言っただろう?
−会わせて下さい!
−戻れ!
頑なな態度を取り、その場を離れたウンチェの父だったが、ムヒョクは諦めず、その場で待ち続ける。日が暮れ始めた頃、家からウンチェの姉と妹が出てくると、ムヒョクは二人の会話からウンチェが部屋に閉じ込められていることを知ると、家に入ろうとするが、ミンチェに遮られてしまう。日が落ちて、暗闇が街を包んでも、ムヒョクはウンチェを待ち続ける。冷たい雨が降り出し、容赦なくムヒョクの体に打ちつける頃、外出していたウンチェの姉と妹が戻ってくる。
−まだ帰ってなかったんですか?
−ウンチェに...会わせてくれ!
−もう、だめですよ、オッパ...
−うちの家族が本当にバラバラになってしまいます...
−ウンチェに会わせてくれ!
家では母がウンチェの様子を心配しながらも
、鍵を開けたら離婚だと言われていたために、どうすることもできずに苦悩していた。そこへミンチェらが戻ってくる。
−今家の前に、ユンオッパのマネージャーが来てるの...
−ああ、心が痛むわ、本当に。外はすごく寒いのに...雨の中立ってるのよ...
二人の会話からムヒョクが家の前に来ていることを悟ったウンチェは、部屋のドアを叩き続ける。
−開けて、お願いよ...ここを開けてよ、お願い!姉さん、ミンチェ、お母さん!おじさんを家まで送ったら戻るから...あのおじさんはあのままだと
ダメなのよ!あのままだと死んじゃうわ!お願い!ね?お願いよ!
ウンチェの悲痛な訴えに、母はとうとう鍵を壊し、ウンチェの部屋のドアを開く。
外で長い時間待ち続けていたムヒョクの元へ傘を手に駆け付けたウンチェ
は、ムヒョクの前に立つと、ムヒョクの体をこれ以上雨が濡らさぬようにそっと傘を差す。ウンチェが来たことに気付いたムヒョクは、安心したように微笑む。
−薬...塗ったのか?...額に怪我してるのに...薬、塗ったか?
ムヒョクをじっと見つめたまま、首を横に振るウンチェ。
−そうだと思ったよ。そうだと思った。
胸元のポケットから大切そうにしまっておいた薬の袋を取り出すムヒョク。
−だからおじさんが、トルティンイに塗ってあげようと思って薬持ってきたぞ。
ウンチェは雨に濡れてしまったムヒョクとともに宿に入ると、バスルームでムヒョクの服を心をこめて丁寧に洗う。
ウンチェが綺麗にしたムヒョクの服を部屋に干す姿を、布団に身を包んだまま幸せそうに見つめるムヒョク。
ムヒョクはベッドの脇で座り込むウンチェの隣でウンチェを見つめながら、薬を手に近くへ寄り添う。
−少ししみるかもしれないぞ、我慢しろ。
ウンチェの顔に手を伸ばしたムヒョクは、ウンチェの頬と額の怪我に優しく薬を塗る。
−しみるだろ?
−ううん...
額の傷に絆創膏を貼ったムヒョクは、持ってきたウンチェのヘアピンを取り出すと、ウンチェの髪に手を伸ばし、髪が傷に当たらぬようヘアピンをつけると、頬に手を当てる。
−トルティンイ、ひどい顔だな。額は切れてるし、ほっぺたは傷だらけ...。すごく恰好悪くて、目も当てられない!ああ見てられない、ひどい顔で!
目を閉じてふざけたように話すムヒョクに、ようやくウンチェの口元が緩む。
−そうだ、笑って。笑うと少しはマシだなぁ。笑うと最高に可愛いぞ!俺が前に会ったミス・オーストラリアには及ばないけれど、それでも"シュレック"よりはいい
。
ウンチェの笑顔を見て、ムヒョクもほっとしたように笑顔を浮かべる。
背を向けたまま、ムヒョクの服をアイロンで乾かしながら話すウンチェの背中を、黙って優しく見つめ続けるムヒョク。
−ここのご主人に感謝しなくちゃね。お洗濯もさせてくれて、ガスまで下さって、アイロンまで貸してくれて...良いことに恵まれるはずよ。私コーディネーター5年もしてるでしょう?濡れた服を乾かすのは慣れてるの。だから...博士号をもらえるかもね。
乾かしたシャツをムヒョクに手渡すウンチェ。
−さぁ、着てみて。
ムヒョクは乾いたシャツを身につけると、ずっと背中を向けたままのウンチェに語りかける。
−怖いのか?俺の話を聞くのが怖くて、ずっと背中だけ向けてるのか?
−違うわ。
アイロンをかける手を休め、沸かしていた温かい飲み物をカップに注ぐと、ムヒョクの傍へ寄り、手渡すウンチェ。
−ワイフの結婚式の時、銃で撃たれたんだ。
表情を固くしたまま、ムヒョクの話にじっと耳を傾けるウンチェ。
−銃弾があまりにも危険な部分にあって、取り出す手術が出来なかったんだ。ああ、銃弾は...ここにあるんだ、ここ。(手で後頭部を指差すと)怖いだろう?
答えられないまま、首を横に振るウンチェ。
−そうさ...怖がることなんてない。死ぬこともそう。それがどうして怖いことなんだ?ただ当たり前のことさ...人間は元々みんな死ぬんだからな。
ウンチェは震えを抑えながら、飲み物で体をあたためる。
−深刻に考えることもないし、可哀想だと思う必要もない...ああ、こんなことを言うと俺が損するか?取り消し!今言った言葉を取り消すぞ!俺は可哀想だ。すげ〜、可哀想!俺みたいに可哀想な奴探しても見つからない。本当に悲しい奴だ。だからお前が同情してくれて、いじめないで、俺を本当に可哀想な奴だと思って、痛々しく...
それまで黙ってムヒョクの話を聞いていたウンチェが、突然ムヒョクに顔を寄せくちづけをする。
−おじさん...可哀想なんかじゃないわ。裏切った奥さんの代わりに銃を受けるほど、こうして胸がたくさんの愛で溢れてるのに...こうしてたくさんのものを持っているのに、何が可哀想なの?私、おじさんに同情しない。一度も同情したことないわ。これからも同情なんてしない...
互いへの深い愛を感じあった二人は、ようやく心を通わせ、くちびるを重ねるが、突然ムヒョクに異変が起こる。吐き気を感じてバスルームに駆け込むムヒョクは、ウンチェに自分が苦しむ姿を見せないよう、鍵をかけてしまう。初めて目の当たりにしたムヒョクが苦しむ姿に衝撃を受けたウンチェは、バスルームの扉越しに必死で声をかける。
−すごく苦しい?つらいの?おじさん...
ムヒョクの苦しそうな声に、涙を浮かべて声をかけつづけるウンチェ。
−ドアを開けてよ!私が入るから、一緒に入るから、ね?おじさん!
−...大丈夫だ...大丈夫だ...大丈夫
−ドアを開けて、傍に行くから...私も入れてよ、おじさん!
−恥ずかしいだろう?すぐ出るから...すぐに出る...
ムヒョクを襲う激しい発作は収まらず、真っ青な顔のまま、ムヒョクはドア越しにウンチェに家に帰れと促す。
−家に帰れ!ウンチェ、家に帰れ!お前の家族たちに何かあったらどうする?家に帰れ!
−顔だけ見たら帰るから...
−帰れ!ウンチェ
−おじさんの顔だけ見たら帰るから...
痛みをこらえながら声を振り絞るムヒョク
−嫌だ!酷い顔だから見せたくない...帰れよ!
泣きじゃくりながらムヒョクに語りかけるウンチェ。
−おじさん...帰ったら、もう戻れないかもしれないの...ユンを一人にできないの...できないのよ...。今になってまたユンから離れることはできないの...私がユンをあんなふうにしたの。おじさんのところへ行きたいって、おじさんの手を握りたいって...ユンの胸を痛めたのよ、私が...。おじさんの胸に飛び込みたくて、ユンを私があんなふうにしちゃったのよ...ごめんね、おじさん...。おじさんに...してあげたいことがたくさんあるのに...おじさんのこと傷つけただけだったわね...傷つけただけだったのよ、私が...。ごめんなさい、ごめんなさい、おじさん...
ドア越しにウンチェの言葉に耳を傾けていたムヒョクの瞳にも、涙が次々とあふれ出す。
宿にムヒョク一人を残し、重い足取りで外に出たウンチェは、ふりしきる雨に打たれながらユンの元へと戻っていく。
一方、ユンの状態は日を追うごとに悪くなっていた。ユンに心臓を移植する決意が変わらないムヒョクは、病院で検査を受ける。病院でオ・ドゥリに会ったムヒョクは、疲労のあまりめまいをおこしたオ・ドゥリを咄嗟に支える。オ・ドゥリと向き合うと、ムヒョクはオ・ドゥリに姉とカルチに贈ってくれたプレゼントのお礼を伝える。
−あの薬も...心臓にいいというあの薬も、ちゃんと飲んでます!でも検査を受けてみたら、俺の心臓が健康すぎて、そんな薬まで飲む必要はないそうです。
−ああ、私が...間違えたのよ。あの薬は本当はユンに飲ませようとしたものだったのに、間違いでMr.チャの家に持っていってしまったの。
−実は俺...長く生きられないんです。今日突然道を歩いていて死ぬこともあるし、明日の朝起きられるかどうかもわからない。運が良ければ、2,3ヶ月はもつみたいです。
−Mr.チャ...
−だから今日、臓器移植センターに行って、対象者登録をしてきました。
驚いて戸惑いながらムヒョクを見つめるオ・ドゥリ。
−ユンとは血液型も一致するし、組織適合性とか何とか...それも素晴らしいほどにピッタリ!
−あの...Mr.チャ。今何の話をしてるの?
−万が一、俺が先に死ぬことになったら、俺の心臓をユンにあげたいんだ...
−...ど、どうしたの?Mr.チャ。今どこでどんな話を聞いてきたのか知らないけれど、それは本当に誤解よ!誤解なの!
微笑みを浮かべるムヒョクとは対照的に、オ・ドゥリは泣きだしたい心境になる。
−そうよ、私が...私の子供のためにどうかしてたのよ!本当よ、ね?そうよ、私がおかしくなっていたの...ね、私は嫌よ!受け取れないわ!本当に嫌よ!
心の奥から湧き出てくるどうしようもない悲しみをこらえられず、オ・ドゥリはムヒョクの前で泣きだしてしまう。
−買って下さった姉さんの服...本当に綺麗です。
ムヒョクはそう言って頭を下げると、席を立ち、オ・ドゥリを残して病院を後にする。
−母さん...お願いだから泣かないでください。俺が望むものは、あなたの憎らしい涙なんかじゃないのに...頼むから泣かないでください...あなたの涙が、俺のために流す涙なら、なおさら今は泣かないでください...これからあなたが流す数多くの涙...俺はただ、あなたが流す血の涙のために...
病院を出たムヒョクが家へと戻る階段をゆっくりと登っていくと、ひざを抱えて座るウンチェの姿が目に映る。立ちあがったウンチェに気付かれぬよう姿を隠すムヒョクは、あえてウンチェには声をかかずにじっと後ろ姿を見送る。
その頃、ユンは病室に泣きながら入ってきたオ・ドゥリから、ムヒョクが自分に心臓を提供すると意思表示したことを知らされ、ムヒョクと過ごした日々を想い涙を流す。
一方、ムヒョクを心に抱いたままユンの元へ戻ったウンチェが、常にぼんやりと考え事をしたように過ごす様子に胸を痛めたユンは、ウンチェに家に帰るようにと促す。帰り道、ウンチェはムヒョクに会いたい気持ちが募り、ムヒョクの幻を見てしまう。ウンチェを自ら遠ざけたムヒョクの元へ、突然ユンが姿を見せる。
−兄さん!10分待って来なければ、帰ろうと思ってた。
−こんなふうに外に出てもいいのか?
−だめだろうな...病院じゃ今頃俺を探してるだろうな。
−早く戻れよ。送ってやろうか?
−話したいことがあって来た。
−俺は聞く話しなんてないけどな...
−母さんに話は聞いたよ。俺に心臓をあげたい...そう言ったのか?
二人の会話を、ムヒョクの後を追って来たミンジュが聞いてしまう。
−ありがとうなんて言葉はいらないぞ。それはあげる人に対しての礼儀じゃない。
−俺に...何させるつもりだ?
−兄さんを殺して...俺に生きろと?俺に何をさせるつもりなんだよ...。嫌だね!受け取らない!ただ死んでやる!受け取らないぞ!それを言いに来た。
帰ろうとするユンの腕を掴むムヒョク。
−何故嫌なんだ?お前のためにわざわざ死ぬってわけじゃないのに、どのみち死ぬ運命だから、良い事をして堂々とこの世を去りたいだけなんだ。何だ?それも嫌か?
−それならいっそ他の人にやってくれよ...どうして俺だ?どうして俺なんだ?
−俺が...お前の兄だから...お前は俺の弟で、俺はお前の兄だからだよ...