−はい、カルチの家です...
−カルチ!おじさんだ。
−おじさん!どこなの?そこはどこ?
−ただ、少し遠いところだ...ただ遠いところ。おじさんは健康で元気にすごしているから心配するなよ!おじさんはすごく元気だから、心配するなって電話したんだ。
ムヒョクが姿を消してから不機嫌なままのソギョンの手を取り、カルチが家へと向かう坂道を登っていくと、家の階段の前にウンチェが座っていることに気が付く。ムヒョクはカルチには連絡を入れていたが、ウンチェには決して連絡を取ろうとしなかったのだ。ウンチェは生気を失った表情で、
じっとムヒョクの帰りを待ち続ける。
−ウンチェお姉さんが家の前に来ているよ、おじさん。ウンチェ姉さんが...まだ家の前にいるよ、おじさん。
−ウンチェ...ウンチェ姉さん、まだいるのか?
−はい、まだいます、ウンチェ姉さん。
−ウンチェ姉さん...まだ帰らずに、そこにいるのか?
ムヒョクは苦痛にもがき苦しみながら、遠く離れたウンチェのことを心配し続ける。暗闇が街を包む頃、ウンチェはムヒョクを待ち続けながら眠ってしまい、心配してやってきた父が声をかけても目を覚まさないほど
に憔悴していた。
病院では、オ・ドゥリが治療を拒み続けるユンに苛立ちと悲しみを感じ、ベッドに横たわるユンに大声でわめきたてる。
−一体どうしてなの?ムヒョクがいなくなったからそうしてるのね!ムヒョクとあなたと何の関係があるの?あなた彼の心臓は受け取らないって言ったじゃないの!正直、あなたと彼と...いいえ彼がどこに消えて死のうが死ぬまいがあなたと何の関係があるのよ!
全てを知ってしまったユンは、母親に何を言われても彼女の顔を見ることもできず、黙って涙をこらえ続ける。
その頃、徐々に生きる力が弱まっていくムヒョクの様子を見守り続けていたミンジェは、ムヒョクの携帯を鳴らし続けるウンチェの心情を想い、ムヒョクに切り出す。
−ウンチェからかかってくる電話のせいで、バッテリーが切れちゃったわ。私と一緒にいること分かってるみたいね、ウンチェ。なぜ、よりによって私と逃げるのか...誤解しているかもしれないわ、あの子...。ウンチェに負担をかけたくなくて逃げたのね?涙が出るわね...あなたたちの愛、感動ものよ。でも、私にずいぶん大きな罰を与えたんじゃない?愛を軽視した罪が、こんなに重いものなの?
ムヒョクはミンジェの言葉を聞きながら、家の前の冷たいコンクリートの階段で座り込んだままであろうウンチェのことを案じ続ける。カルチは徐々に顔色が悪くなるウンチェに、買って来たばかりのパンと牛乳を手渡す。
−食べて、お姉さん。お腹が空いて倒れたらどうするの?
−大丈夫よ。倒れない。おじさんに会うまではお姉さんビクともしないわ。心配しないで...
ホテルに来てから何一つ口にしないムヒョクを前に、お粥を差し出すミンジェ。ところがムヒョクはミンジェの方を見ようともせず、食事にも手をつけない。自分の出来ることはないと気づいたミンジェは、しきりに鳴り続けるウンチェからの電話にようやく応答する。
−チャ・ムヒョクさん...ウンチェが好きだから、追いかけてふざけてみたの...それだけよ。
−ミンジュ...
−私には愛なんてゲームでしょう?スタークラフトみたいなもの...。私の負けよ、このゲーム。チャ・ムヒョクさん、あなたが来てなんとかしてやって...
ミンジュからムヒョクの居場所を聞いたウンチェは、気力を取り戻し、ムヒョクのいる島へと向かう。その夜、ホテルのロビーで机に伏したままのムヒョクの姿を見つけたウンチェは、そっと隣に座り、ムヒョクの手を握りしめる。
−こんな素敵なところに...一人で来てどうするのよ...。そんなに自分勝手じゃだめよ、おじさん。
ウンチェが来たことに気付いたムヒョクは、ウンチェと目を合わせないままウンチェの手を振り払い、席を立ちあがるとウンチェに背を向けて歩き出す。
−おじさん!おじさん!
−帰れ。
ムヒョクの腕を強く掴むウンチェ。
−嫌!
−お前の顔を見るのが嫌になった...だから逃げたのに、こんなふうに追いかけられたら困るな...
ムヒョクを引き止め、行く手を遮るウンチェ。
−何を言われても帰らない。私はもうおじさんを離さない!帰らない!帰らない!どこへでも行ってごらん。地球の果てまで追いかけるわ...
ウンチェを振り払い、ムヒョクは無表情のまま部屋へと急ぎ、ウンチェの目の前でドアを強く閉めてしまう。ドア1枚を挟み、二人は身動きすることもできない。時間が流れ、いつの間にか眠ってしまったムヒョクが目を覚まし、慌てて外に出ると、膝をかかえたまま外で眠るウンチェの姿を見て涙を浮かべる。ムヒョクはウンチェを抱き上げ、暖かい部屋のベッドに連れていくと、穏やかな表情でウンチェの寝顔を見つめる。
良く朝ムヒョクのベッドで目を覚ましたウンチェは、ベッドの横に寄りかかり座ったまま眠るムヒョクの後ろ姿を見てそっと近づくと、隣に座るとムヒョクの肩に頬を寄せる。
−死ぬことって、大したことじゃないわ。ただ自然なことよ。人は元々、1度は死ぬんだもの。生きている時間だけでも、精一杯愛して、幸せに、楽しく、優しく、そうやって生きていけばいいじゃない。こんなふうに過ごすこと、残された時間が惜しくない?チャ・ムヒョク、トルティンア...。あとでおじさんが旅立
って、"俺のトルティンイがどんなに悲しいだろう、どんなにつらいだろう"、それで私からしきりに逃げてること、全部分かってるのよ、おじさん...。でもね、おじさんが知らないことがあるの。残された人は、どうにか生きていくってことをね。死にゆく人は気の毒よね、生きてる人はどうにか生きていくってこと...。それに私トルティンイでしょう?すぐに忘れてしまうほど頭が悪い子だもの。私、ひと月も立てばすぐに忘れるわ...。ひと月程度は、心が痛むかもしれないけれど、ひと月過ぎれば、友達と会っておしゃべりをして、ご飯も食べて、コメディを見ればケラケラと笑って、すごく楽しく過ごせるはずよ。だから私を心配しなくていいのよ、おじさん...。だから私、おじさんを見送ったら、暗く落ち込まないように、もっと優しくしてあげたかった、もっと愛してあげたかったと、後悔しないようにさせて...。私と遊ぼう、おじさん。
黙ってウンチェの言葉に耳を傾けていたムヒョクの瞳から、次々と涙がこぼれおちる。
−絶対に泣かず...悲しみもせず...精一杯のことをして、幸せに楽しく私と遊ぼう...私と遊ぼう、おじさん。ね?
−...ああ、遊ぼう....遊ぼう、トルティンア
ウンチェの愛の溢れる言葉に胸が震える思いでいたムヒョクは、ようやくウンチェの言葉に答えると、頑なに閉ざしていた心を開き、ウンチェにそっと顔を寄せる。
二人は共にいられる一瞬一瞬を慈しむよう、大切な時間を手を取り合って島での時間を過ごしはじめる。ところがそうしている間にもムヒョクの状態は次第に悪化し、ウンチェはムヒョクが苦しむ姿をしきりに目の当たりにして不安に包まれる。
顔を洗ったムヒョクにタオルをすぐに差し出すウンチェを見て、彼女の心情を察したムヒョクは、彼女に微笑みかける。
−正直驚いただろう?忘れてくれ...俺のこんな姿、忘れてくれ、恥ずかしいから...
−心配しないで!私忘れることに関しては専門だから。ユンを20年も思ってたのに、一瞬で綺麗に忘れちゃったんだから。カッコよく忘れてあげる!心配しないで。
その夜、ムヒョクは自分のベッドに横になるウンチェの姿に戸惑い、なかなかベッドに入ることができない。
−早くおいで!怖いのね?私が襲いかかるかと思って怖がってるのね?
ムヒョクはウンチェに背を向けたままベッドに横たわる。
−ベッドから落ちそうじゃない。近くにきて。
−いいんだ。こうやって寝るから...。お前、今日どうしてそんなに変なんだ?純粋なトルティンイに間違いないか?
−おじさんはどうしてそんなに変なこと言うの?変態おじさんに間違いないよね?
仰向けになり、じっと天井を見つめるムヒョクとウンチェ。
緊張した様子のムヒョクに、ウンチェが語りかける。
−誰かの話だと、この世で一番不幸な人は思い出がない人なんですって。そうよね、そうだと思う。美しい思い出ひとつさえあれば、私もその思い出で一生...
ウンチェを抱き寄せるムヒョク。
−その思い出だけで、私も幸せに生きていけるような気がするの...
ウンチェに顔を寄せたムヒョクだったが、目を閉じるウンチェを見つめながら葛藤し、彼女に背を向ける。
−寝ろ!おい、変態...お前、俺に触れたら死ぬぞ
ムヒョクの心の奥に秘めた自分に対しての真情を感じたウンチェは、ムヒョクの背中に頬を寄せてムヒョクを抱きしめる。
−バカ...バカね...
その夜、ウンチェは愛しいムヒョクの寝顔を涙を浮かべて見つめていた。携帯を手にしたウンチェは、じきに会えなくなってしまうムヒョクの寝顔を
、携帯カメラを手に写真に収め始める。
−おじさんの目...おじさんの口...鼻...カッコいい顔...カッコ悪い顔...
ムヒョクを失うことへの悲しみがこみ上げたウンチェだったが、涙をこらえながらムヒョクの寝顔を隣で見つめ続けていた。
病院では、ミンジェからムヒョクとの出来事を聞かされたユンが、ウンチェがムヒョクと心から愛し合っていることを改めて思い知らされ
て衝撃を受けていた。ウンチェを取り戻したい一心でユンは気力を徐々に取り戻し治療を再開させる。そんなユンのもとへムヒョクから"ウンチェを連れて行ってくれ"とのメッセージが入る。
翌日、ムヒョクを乗せて島をドライブしていたウンチェは、突然意識を失ってしまった様子のムヒョクに気が動転し、慌てて車を停車させる
と、ムヒョクの心臓の音を聞こうと、ムヒョクの胸に恐る恐る耳を当てる。
−おじさんはまだ死んでない...トルティンア。人はそんなに簡単に死なないぞ...
動揺が収まらず涙が止まらないウンチェを、ムヒョクはしっかりと抱きしめる。ウンチェから離れる決心をしていたムヒョクは、彼女が美しく微笑む表情ひとつひとつを見つめながらしっかりと脳裏に焼き付けると、ウンチェの姿が見えないうちに一人車を降り、
ふたたびウンチェから遠ざかっていく。
姿を消したムヒョクを探し、ホテルに戻ったウンチェの前に、連絡を受けて島へやってきたユンが現れる。
−ユン...どうしてここに?ミンジュが教えてくれたの?
−...ムヒョク兄さんが...教えてくれた...お前を連れて行けと...行こう。
首を横に振り、ウンチェはまたムヒョクの姿を探し求める。
−おじさん!おじさん!
−うちの母さんの息子なんだ、ムヒョク兄さん!
ユンの言葉に驚いて振り返るウンチェ。
−うちの母さんが...産んで捨てた息子だそうだ、ムヒョク兄さん。
−何?
−復讐しようと...一人で死ぬのは悔しくて、俺が持っているもの全てを奪いたかったって...マネージャーとして現れたことも、全て計画的だったし、それでミンジュを誘惑して...俺をこんなふうに崖っぷちに追い詰めたことも、すべてムヒョク兄さんの計画だったんだ。全部ムヒョク兄さんの計画だったんだよ、何もかも!
−嘘...嘘よ...
真実を知ったウンチェは、ムヒョクの抱え続けてきた苦しみを知り、胸を痛めて涙を流す。
−私のせいでつらかったでしょう?わかったわ、おじさん...おじさんの気持ちがそうなら、おじさんを苦しめないわ。
ムヒョクと過ごしたホテルに戻ったウンチェは、ムヒョクが使った洗面台で手を洗うと、曇った鏡に言葉を残す。
−ごめんなさい...愛してる
ユンと共にソウルに戻ることになったウンチェは、ムヒョクの写真を見ようと携帯を手に取ると、写真が削除されていることに気が付き、涙があふれ出す。
−生きたくなって、そうしたんだ...お前を見つめていたら、生きていたくなって...死ぬことが腹立たしくて、悔しくなってきて、それでそうしたんだ...ごめんな、ウンチェ。
旅立つ準備を着々と進めるムヒョクは、一旦ソウルに戻り、ソギョンとカルチを連れて海苔巻店に向かう。
−姉さん、この海苔巻店、どうだ?俺がこの海苔巻店を買ってやるから、姉さんが一度やってみないか?
−ん?
−実は俺すごい金持ちなんだ。この海苔巻店を姉さんに俺が買ってあげるから、寒い時も震えてないで、これからはここで商売しろよ、な?
−この海苔巻店を海苔巻にあげる??
−違うよ...海苔巻じゃなくて、この海苔巻店!この海苔巻店が姉さんのものだってこと!
−この海苔巻店が私の?違うわ。私のはピッピとカルチとおじさんとおじいさんと...
−姉さん、この海苔巻店の主人に会ってみるか?
−本当?私海苔巻上手よ!
じっと黙って話を聞いていたカルチが、目に涙を浮かべ始め、とうとう耐えられずに声をあげて泣きだしてしまう。
−どうしたのカルチ?トッポッキそんなにからい?
ソギョンに続いてムヒョクがカルチをなだめる
が、カルチは激しく泣きじゃくる。
−カルチ何泣いてる?皆見てるだろう!何泣いてる?
−死なないで、おじさん!死なないで!
−誰がおじさんが死ぬって言った?
−ぜんぶ分かってる!分かってるんだ!おじさんが死ぬからと...僕たちに海苔巻店買ってくれるんでしょう?海苔巻店買わなくていいから、死なないで!死なないで、僕たちと一緒に生きて行こうよ、おじさん!
大声で泣き続けるカルチを前に、いたたまれない気持ちになったムヒョクが"そんなんじゃない"と大声を出すと、カルチにつられてソギョンまで泣きだしてしまう。
やりきれない気持ちのまま坂の上の家に戻ったムヒョクが、ユンとウンチェの婚約を報じるスポーツ紙を見てしまい、呆然と座り込んだまま身動きできずにいると、ふと懐かしい声が聞こえてくる。
−ムヒョク!私よ...私よ、チヨンよ...私が分からないの?