予定よりも早く催された宴の席、チニは不安と悲しみを抱きながらも、ウノとの愛を信じ、ペンムや母のヒョングムらが見守る中、見事な舞を披露する。舞を終えたチニの元、ウノの父親であるキム判書が歩み寄る。震える手でキム判書にテンギを差し出すチニ。
−いけません!なりません、父上。
チニがテンギを手渡す瞬間、ウノがたまらず声を上げ二人のそばへ駆け寄る。周囲が凍りついたように静まる中、何の真似だとウノをたしなめるキム判書だったが、ウノは意志を改めて欲しいと真剣に訴える。二人の会話に真っ先に口を挟んだのはペンムだった。ペンムは剣をウノに差し出すと、チニが気に入ったのであれば相手が誰であっても勝ち取らなければとウノに剣を投げつける。息子が父に剣を向ける恐ろしいペンムの計略に、ウノの父キム判書は怒りを露にし、周囲はざわめき立つ。この騒動を静めたのはソン長官だった。息子として、母親を悲しませぬための行動であると周囲を納得させる。剣をおろせ、心配するなというソン長官の言葉にも、一言も答えることができずにいたウノは、一歩、二歩と後ずさると、恐ろしさのあまり手にしていた剣を落としてしまい、その場から逃げるように走り去っていく。父に剣を向けることができず、チニへの愛を貫けなかったウノは、悲しみのあまり何一つ手につかなくなっていく。
その頃、ペンムとの賭けに敗れたことになったチニは、教坊で胸が引き裂かれるような想いを抱きながらキム判書の待つ部屋へと向かっていた。キム判書がチニのテンギに手を伸ばしたその時、チニの母ヒョングムが二人のいる部屋へと挨拶にやってくる。チニの母は、チニとウノの恋を手助けするため、タンシムと共に、キム判書に酒をすすめる。礼を尽くす気持ちでヒョングムが接する様子に気を良くしたキム判書は、つがれるままに酒を飲み干し続け、とうとう眠ってしまう。その頃、ヒョングムのはからいで、オムスがウノを訪ね、二人への餞別を手渡しながら事情を話していた。
−逃げろと仰るのですか?
−今夜が...最後の機会です。
−それはできません。
−行かなければなりません。
−行けないのです。行けません...。
−若様!
−あわせる顔がないのです...もう私は、あの人の前に出る勇気がありません。あの人に..もうこれ以上...
オムスが怒りを込めてウノの胸倉を力強く掴む。
−ならば、ならば何故始めたのだ?こんな無責任に逃げるのなら、どうして心を揺るがすようなことを?あの希望は全て虚言だったか?チニは...そなたの心に...そなたの無責任な男の真心に全てをかけたんだ...分かるか?勇気が無いのなら、勇気を出す振りでもしろ。死力を尽くしてお前の女を守れ!それが男だ。
−私が行ったとしても...私が再び、勇気を出すと言ったとして、あの人が私を許してくれるでしょうか...。あの人が私を信じ、ついてきてくれるというので
しょうか?
オムスの前でウノが悲しみの涙を流す頃、チニは母に、ウノと駆け落ちはしないと意地を張っていた。母の説得に、チニの心は揺らぎ、とうとう教坊を飛び出す決心を固める。ヒョングムの行動から、チニが教坊から出ることに気がついたペンムは、ウノへの伝言役のタンシムを脅迫し、二人の行く先を封じる策略をする。
ウノもまた、オムスの説得に心を決めると、家を出る身支度を始める。その頃、ウノの母の元に
ペンムに脅されたタンシムからの知らせが入ってしまう。チニと行かせて欲しいと跪くウノに、ウノの母は短刀を投げつけ自分を殺してから行け、と冷たく言い放つ。雨の中、何も知らないチニ
は、約束の場所でウノを待ち続けていた。二人は夜の冷たい雨に打たれながら、互いの想いを貫こうと耐え続ける。キム判書につかえるトクパルから事情を聞いたオムスがチニの元へ駆けつけると、チニが高熱を出しながらウノが来ると信じて
待ち続けていた。
−若様は?若様は何故こないのでしょう?来ないのです...どんなに待っていても、来ないの...。雨足が強くて来られないのね?夜も深まっていて道に迷って...それで、それでちょっと遅れているみたいです...。必ず来るわ、そうでしょう?だけど...そうだとしても...すごく遅いは...このまま来ないかも...このまま来なかったら、どうしよう?そのときはどうしよう...。
チニは高熱のあまり意識を失い、オムスの目の前で倒れてしまう。
教坊へ連れ戻されたチニは高熱が下がらず、苦しみ続けるが、そんなチニにペンムは容赦なく罰を与え、小屋に閉じ込め、誰とも接触させてはならないと言い放つ。
キム判書が家に戻ると、外で座り込み父と母に許しを請うウノの姿があった。部屋に連れ戻せとキム判書に命じられたトクパルは、顔色を失ったウノが咳き込み、血を吐く姿を目の当たりにする。ウノを案じて医者を呼ぶ父母の心配をよそに、ウノの体調は悪くなる一方だった。身分の差という大きなへだたりと、周囲の理解なき者に引き裂かれた二人は、生きる力すら失ってゆく。
目を覚ましたウノが傍につきそっていたトクパルに真っ先にチニの様子を尋ねるが、トクパルからは何も聞くことはできなかった。わずかな力を振り絞るかのように、ウノはチニのいる教坊へ向かう。そこへ、チニもまた弱い足取りで教坊から出てくる。
−顔が...ずいぶんとやつれたようだ...。
チニはウノと目を合わせぬよう、心を閉ざし、ウノから贈られた指輪を差し出す。
−これはお返ししなければいけませんね...。
−...すまない。
−謝罪を受ける理由はありません。むしろ感謝しています。権威や法度どころか、自分の心一つにすら背けない、それがまさに愛だと教えてくださったのに感謝しなければ。
−どんな言葉も...慰めにはならないと...
−謝る必要などないと言いました。だから、むしろあざ笑って、妓女ごときが分不相応な夢を抱くからだと...もうしっかりして妓女らしく生きろと説教でもしてください。それと、ここにもこんなふうに訪ねてこないで。つきまとったり、執着したりしないで。もう、終わったの。何一つ、変わることはありません。
ウノは、自分との出会いがチニを苦しめてしまったと心を痛め、心を映し出すかのように病状は悪化する一方だった。言葉では想いを断ったように強がったチニだったが、一人になるとウノを想わずにはいられなかった。
一方、教坊では、チニや亡くなったソムソムに対するペンムの態度に不満が募っていた。チニの体調が不十分な状態で女楽競演のことを持ち出すペンムに、クムチュンは眉をひそめる。
病床に伏していたウノは、トクパルに最後の願いを託し、これを受けたトクパルはウノをチニとの思い出の場所「玄月亭」へと負ぶって連れて行く。チニとの心を通わせあった日々を想い、涙を流すウノ。
−人生が残り少ないことを、恨んだりはしません。貴方と出会い、胸に刻んだ時間が、その記憶が鮮やかなのに、恨みなど、あるはずがありません。ですが、後悔が、悔やみきれないことがあります。貴方をもっと愛することができな
いこと、世間の仕掛けた罠を、この手で取り払うことができなかったことが、悔やまれます。私のために多くの涙を流すことがないようにと願います。涙をこれ以上流すことを、望んでいません。むしろ...私があなたの寂しさに、涙を流させてください。私はこれから、いつでもあなたを見守ることができます。私が流す涙は、それは心安らかな天の涙です...。どうか、貴方の歩む人生が、穏やかで、幸せな道でありますように。
チニの幸せを心から願いながら、ウノはこの世を旅立つ。
キム判書は、両班の息子であるウノを輿にも乗せず、棺のまま家から出し、どこへでも捨てて来いと冷酷な命令をトクパルに下す。悲しみに包まれながら、ウノを乗せた棺を運ぶトクパルらが、チニのいる教坊の前を通りかかると、突然荷車が全く動かなくなってしまう。ウノの心を誰よりも知るトクパルは、雨に打たれながら泣き叫ぶ。
−何をしてるんです、まったくもう!意地を張らないでくださいよ...ここにいて出来ることは何なんです?行きましょうよ...。
様子を見ていたタンシムが、チニに知らせようとすると、ペンムが行く手を遮る。二人の会話をたまたま聞いてしまったチニが怒りに満ちた表情でタンシムとペンムに歩み寄る。
−ケットン...あなた今何て言ったの?若様に何?行首様があなたに何をさせたって?
−知る必要はない。
−どういうことだって聞いてるのよ!!
−チ、チニ...
−何があったの?この女に何をさせられたのよ!
全てを悟ったチニは、ウノが横たわる棺の前に姿を現すと、愛しい表情で棺に手を伸ばす。
−寒いのは、苦手なのに...雨に降られると鼻声になっていたのに...遠くに発つのに、雨に濡れないでください。
チニは涙を流しながら、自分の身に着けていた上衣を取ると、ウノの棺を濡らさぬよう、優しく上にかける。
−これで、大丈夫よ。寒さも防げるわ...でしょう?ここに長くいてはいけないわ。長くいても、寒いだけ...あなたも忘れて、私も忘れる、私達を取り囲んだ全てを忘れるわ...全て忘れて行って...そして安らかに眠らなきゃ...心配要らないわ、私も...忘れるから...忘れて二度と思い出さないから...だから行ってください...未練を残さないで...行って、早く...
チニが激しく泣き出すと、チニが泣くことを望まないウノの意志が動くように、ウノの棺を乗せた荷車が動き出す。
教坊では、妓女たちが散り去った愛を追悼するためと、ペンムの説得も聞かず、女楽競演をボイコットする。その夜、チニがウノとの思い出の竹の絵を燃やしていると、ペンムが姿を見せる。
−初めての恋でした。そして最後の恋...誰にも、この世の誰にも、もう心は許しません。
−やっと理解できたようで幸いだな。そう、それでこそ
−妓女でしょう?妓女として生きてさしあげましょう。心を許さず、媚を売る解語花(ヘオファ)として。
−私を恨んでもかまわぬ。私は正しいことをしたと思っている。
−そうでしょうね、わかります。松都一の妓女として選上妓にも選ばれ、富に恵まれ風情に溢れた人生を送っていらしたでしょうから。芸と美貌に恵まれた女を集め、称賛だろうと嘲笑だろうと清濁あわせてのむように生きるのが妓女だと、分かります。生きるといったでしょう?女ではなくて妓女として生きると。訪ねてくる男は拒まず抱擁します。心のない抱擁など、お安い御用です。そして報復してやります。因習にとらわれた両班たちから私が受けたひどい仕打ちを同じくらいにして、いえ、何倍にもして返してやります。そして、行首様にも報復します。私の愛を奪い、妓女に戻したことを、必ず悔やませてやります。
チニはウノとの思い出を辿るように、「玄月亭」へ向かい、夜空に浮かぶ月を見上げ
て涙を浮かべる...。